瑛先生とわたし


都合よくというか 私たちのほかに客はなく マスターの姿もいつの間にか

消えていた

寂しいと連呼しながら泣きじゃくる私の肩を 瑛君が抱いた

包むように優しく でも しっかりと支えて ぐっと引寄せた



「肩じゃイヤ ねぇ 私を慰めるためにきてくれたんでしょう? 

それじゃぁ……」


「僕ができるのはここまでだよ あの時とは違う それに……

いつか あっちに行ったとき 和哉さんにぶっ飛ばされたくないからね」


「ふっ 瑛君の一番は いまでも藍ちゃんなのね……

そうよね 私も いつか向こうにいったとき 藍ちゃんと笑って話したいわ」



私の答えに微笑むと 抱いた手に一瞬力を込めて抱き寄せたが 

瑛君はほどなく私の肩から手を離した



「和哉さんって いつも穏やかで 怒ったことなんかないんじゃないかって

思ったら そうでもないんだって? 

耕太が言ってたよ ”パパって怒るとこわいんだよ” って」


「そうなの あの人 子煩悩だったけど しつけには厳しかったわね 

特に耕太が適当なことをしたりしたら 容赦しないって姿勢が見えて 

あの子も ”パパは怖い人だ” って身にしみてたみたい」


「でも菜々子さんには優しかったでしょう 

和哉さん 菜々子さんに ぞっこんだって言ってたからね 

聞いてるこっちの方が 恥ずかしくなるくらいだった」


「えっ あの人 そんなこと言ってたの? いつ? それ 詳しく聞かせてよ」



私たちの前には いつの間にか新しいグラスが並べられ 

その夜 私は瑛君と語り明かし 朝方帰宅したのだった

その日を境に 私は気持ちを切り替えた

子ども達のために一生懸命にはなろうと思ったけれど 頑張りすぎないこと

そして 時には自分のための時間を作って いつでも夫を思い出していこうと

決めた


瑛君 アナタって本当にイイオトコだわ

もう恋をすることはないでしょうけど アナタとだったら……

なんて思ったりもするのよ

でも それはないでしょうね

私たちは戦友に似た関係だもの 




< 27 / 93 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop