瑛先生とわたし
7 バーのマスター 牧村さん
                            

瑛先生は今朝からソワソワしている

林さんと何か相談しているから 誰かがやってくるのはわかるんだけど 

とても大事な人みたい



「仕事部屋は僕の書いた物が目に入るから気になるだろうし 困ったな」


「和室はいかがですか 二間続きですから広さもございます」


「そうだ そうしましょう」



えっ 和室に行くって 私も入ってみたい そのお部屋

深澤さんが来たとき使うけど 私は入っちゃダメって言われてるし 

いつも和室の入り口が閉まってるから 入ったことないのよね

私も一緒に行きたい! とアピールするように首の鈴を鳴らしてみた



「マーヤは 牧村さんに会うのは初めてだね」


「マーヤちゃん 私とこちらのお部屋で待ってましょうね 

牧村さん お店をなさっていらっしゃるから 

猫ちゃんの毛がついたら……困るんじゃないかと思いまして」



”えーっ そんなのイヤ イヤよぉ”

私は抗議するように 首の鈴をチリリンと鳴らした



「マーヤ いい子だ 僕の言うことがわかるよね」



先生にそんな風に言われちゃうと 待ってるしかないわね

わかったわ と言うように 今度は静かに ”チリン” と鳴らした



「諦めずに何度も勧めてきて良かった 

牧村さんには どうしても筆をもってもらいたかったんです 

力のある人だから」


「先生のお気持ちが通じたんですね ようございました」


「突き放した責任があるといって ウチのおじいさんも気にしてましたから 

これで やっと一歩を踏み出してもらえます」



ウチのおじいさんって 瑛先生のおじいさんのことだわ

おじいさんも気に掛けてた人なんだ どんな人だろう

瑛先生がこんなにも気を遣うんだから きっとすごく偉いオジサンか 

おじいさんだろうと思っていたら お昼前にやってきた牧村さんという人は 

先生よりは年上だけど三木さんよりは若い男の人だった

私を見て……



「瑛君 いつから猫を? 僕の家にもいるんだよ 

可愛いなぁ おいで こっちにおいで」



牧村さんの優しい声と笑顔に 私はトコトコと寄っていった

抱っこする手も優しいの 

うーん いい気持ち



「リボンがあるからお嬢さんだね 名前は?」


「……マーヤです」


「まあやちゃん か……」


「いえ まあや ではなく マーヤです」



あれ? なんか変な雰囲気

私の名前を聞かれた先生は少しだけ苦笑いして答えて 

聞いた牧村さんは笑顔だったけど ちょっと寂しそうにしたの

それから マーヤちゃんだね って もっと優しく首をなでてくれた

マーヤって名前 瑛先生がつけてくれたけど どうしてマーヤなんだろう……

ちょっと気になったけど そのまま牧村さんの腕に抱っこされて 

私は念願の和室に入ることになった




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