瑛先生とわたし


牧村さんの膝に乗り 私はウトウトと夢を見ていたみたい

ずっと背中をさすってくれたのね



「瑛君 これ 君に渡しておこうと思って 藍ちゃんからもらった手紙なんだ」


「藍から? どうして牧村さんに……それ いつのですか」


「私が花房先生のところをやめたあとだよ 

書をやめないで欲しいと書かれていた 習わなくても続けられるともね

僕は器用なのか不器用なのか ひとつのことしか出来ない性分だったから 

稽古をやめたら書もやめようと思っていた 

でも 藍ちゃんの手紙で続けようと思ったんだ

もちろん 仕事に支障のない範囲でね でなけりゃ また大先生に怒鳴られる」


「そうでしたか……」



「部屋の片づけをしていたら手紙がみつかって 読み直しながら 

また頑張ろう と思った」 と牧村さんが言うと

瑛先生は 「だから 藍のおかげですか……」 って残念そうな顔をしたの

「僕が言い続けたわけじゃなかったんですね」 って言ったら 

牧村さん 「すまん」 って謝ってた



「結婚する前後から新婚の頃など 瑛さんがこうだ 瑛さんがどうしたって 

君のことばかり書いてある 

藍ちゃんがどんなに幸せだったか それを読めばわかるよ」 


「牧村さん……」


「君に持っていて欲しいと思ってね もう僕には必要のないものだから 

それに 藍ちゃんの字は もう見られないからね」



牧村さんが優しく笑って手渡した手紙を 先生は大事そうに抱えたんだけど

あれっ? 先生泣いてるみたい 目が赤いわ

藍さんの手紙がそんなに嬉しいんだ

だって 嬉しそうな顔をして 鼻をグスグスいわせてるんだから


それを見ていた牧村さんが さっきより優しく私を抱っこしてくれた



「君たちが結婚したあとも 何通かもらったんだ お子さんが生まれる前 

こんな名前にしたいと書かれていた」


「あぁ だからさっき まあや って なるほど」



なに? 私の名前がどうかしたの?

子どもの名前って 渉がどうかしたのかしら

チリンと鈴を鳴らして 説明して! って言ってみた



「あはは マーヤ 自分の名前だと思ったのか 違うよ 

女の子が生まれたら 真綾って名前にしたかったんだ 

藍が決めてたからね」


「瑛君が猫ちゃんにつけるとは思わなかったな 

藍ちゃんもびっくりだろうね……」


「来月 藍の命日なんです 龍之介や姉や 菜々子さん 

みんなで飲もうってことになってるんです 

お店 行ってもいいですか」


「もちろん その日は貸し切りにさせてもらうよ」



私も そこに行ってみたい

ねぇ いいでしょう? ねぇったら お願い

先生の顔を仰ぎ見ると それは無理な相談だなって言うのよ



「マーヤちゃんも一緒においで 僕の店なら大丈夫だから」



わぁ 嬉しい やっぱり牧村さんはいい人だわ

この日から 牧村さんも 私の好きな人のひとりになったの





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