瑛先生とわたし
一樹が弟の家にいたがる気持ちもわからなくもなかった
それほどうるさく干渉する母親ではないと思っているけれど そうはいっても
何かと目に付いてしまうのは仕方のないこと
親として注意しなければならないことは注意する
息子はそう反抗もせず聞き入れてくれるけれど 父親の分まで責任を
果たそうとする私の言葉や行動は 息子にはやっぱりうるさく感じられるはず
ときどき瑛の家で過ごすことがあるが 一樹はいつも喜んで瑛の家に行く
あそこなら 勉強をしなくても 片づけをしなくても 多少だらしなくても
小言を言う者はいない
瑛が怒ることはめったにないし 一樹にとって息抜きができる場所なんだろうな
それに 今日は龍ちゃんまでいるんだから 楽しいこと間違いなしでしょう
業界人の彼の話は とても刺激的で 思春期の男の子にとって
興味のあるものばかり
加えて渉とゲームもやり放題だろうし 夜更かしもして……
まっ たまにはいいかもね こんな時があっても
私も私で 自分の時間を楽しまなくちゃ
離婚して半年がたつ
原因は……性格の不一致……かな
夫の浮気でもなく ギャンブルでもない 暴力でもなかった
これまでに重なった不満が噴出したってところね
たまりにたまった不満をぶちまけたあと 私は夫に向かって 「別れましょう」
と言っていた
向こうは 「どうして……」 って顔をしてたけどね
そんなこともわからないのかって幻滅したわ
私って YESかNOかハッキリしてなきゃイヤ グレーゾーンはないの
せっかく 『華音』 と可愛い名前をつけてもらったのに
性格は可愛くないのよね 困ったことにね
書道家の息子だった父は そのあとを継ぐことなく自分の好きな道に進んだ
芸術より機械いじりが好きだったみたい
私は この父に似たのかもね
音楽が好きな母は きっと私に音楽の道をすすませたかったのかも
”音” の字を名前につけたのに 私ときたら芸術方面はまったく
ダメな子で……
小さい頃は それこそ稽古事に忙しかった
母からピアノの手ほどきを受けたにも関わらず 譜面どおりの面白みのない
音しか出せず
絵画教室では情緒がないといわれ 一応祖父のもとで書道もやったものの
それなりの字が書ける程度
スイミングやスケートもやってみたけど イマイチの上達振り
唯一 私が熱心に通ったのが ”少年少女科学教室” だった
小さい頃からパズルや模型が好きで 数字とにらめっこするパスワードなんて
何時間やっても飽きなかった
水を見ては どうしてこんな流れ方をするんだろうって 水を流しっぱなしに
して母親に怒られたものだ
科学の実験と称して 家中の液体を集めてコップに入れて 蒸発する時間を
計ったり
熱心に筆を持つ弟を横目に また散らかして! と怒られるのは私だった