瑛先生とわたし
瑛が渉と二人暮らしになり ときどき私に会いに来てくれたが
藍のいない寂しさが堪えたのか 私は体調を崩し 獣医にも助からないだろうと
言われたときがあった
その私を 懸命に看病してくれたのが龍之介だった
毎晩抱くようにして看病し 薬を与え続けてくれた
その甲斐あって 奇跡的に回復した私は 龍之介と暮らすことになった
龍之介は どこに行くにも私を連れて行く
年もとったし 家においておくのが心配なのかもしれないが
私は龍之介のそばにいるのが好きだ
それに瑛の家にも行けるのは 私にとって喜びだ
「バロン あそぼう おいで」
”あまり走るな 転ぶぞ”
「こっちだよ 早く」
”そんなに早くはいけない 急ぐなって”
渉と遊ぶのは楽しいが 急がされるのは少し困る
こんなとき 瑛が渉に注意をしてくれる
やんちゃな子だが 父親の言うことは素直に聞く
渉はいい子に育ってるよ
そして 瑛はいい父親になっている
「バロン よく一緒に走ったな あの川原 覚えてるか?」
”覚えてるとも 瑛が大学に通ったとき 藍は飛び上がって喜んだよな
お前に抱きついて 見てるこっちが恥ずかしかったぞ”
「大学に合格したときだった そうだ 藍が興奮して
川原を転げ落ちたのを バロンが助けに走っていった」
”そうさ 私が助けたのに 藍は あとから来た瑛に抱きついて
足が痛いって泣き出して”
「藍が足を捻挫して 歩けなくなって 抱っこして帰った
商店街で散々冷やかされたっけ」
”そうだよ 瑛は冷やかされて恥ずかしそうにしてるのに
藍は嬉しそうな顔をして みんなに手なんか振ってた”
こうして瑛と藍の想い出を語ることも多い
これに龍之介が加わると どうにもしんみりしていけない
龍之介は あぁ見えて 涙もろいところがある
「バロンがウチに来た日のこと 良く覚えてるよ」
「もらったって聞いたけど」
「オヤジの知り合いに犬のブリーダーがいて
子犬が産まれたら一匹もらう約束をしてたんだ」
”そういえば 誰かに抱かれて長谷川の家にきたっけ
生まれて間もなくだったけど なんとなく覚えてるよ”
「ブリーダーからってことは 純血種なんだろう? すごいな バロン」
「そうなんだが オヤジの勘違いで 小型犬をもらうつもりが
大型犬をもらってきたんだ 育ってみて驚いたぞ」
”長谷川のお父さんが そういえばそんなこと言ってたな
お前はデカクなりすぎだって 私にいわれても困るがね”
「藍に最初になついたんだって?
アイツ 動物の言葉がわかるなんて言ってたけど
本当にそうだったんじゃないかって思うときがあったよ」
「そうなんだ バロンの言葉がわかるのか
バロンの顔を見て 独り言を言うんだよな
まったく変な能力があったもんだ」
”そうだよ 藍は私の言葉がわかっていた たまにいるんだそんな人間
藍はその数少ない人間だったよ いっぱい話をしたんだ”
「バロンとどんな話をしたんだろうな 聞いてみたいもんだね」