瑛先生とわたし


生前の藍から 「瑛さんね、結婚しても毎日 ”好きだよ” って言ってくれ

るの」 なんてのを、何度聞かされたことか。

藍が亡くなって数年、周囲が心配して瑛に再婚を勧めるが、その中でも瑛の

再婚に熱心な三木工務店の親父さんに



『まだ藍が心にいます。愛していますので』



と言ったとかで、言われた方の親父さんの方が照れたと言ってたな。



「そういうおまえだって言ってるじゃないか」


「うん?」


「蒼ちゃんに喜んで欲しいなんて、それほど好きだってことだろう?

笑顔を見て血が逆流するほどだからな」


「うっ、うん……」


「重症だな」


「あっ、あぁ……重症だよ」




瑛に指摘されて、自分の気持ちをあっさり認めたのは、否定するものがない

ほど彼女が好きだから。

はぁ……と大きなため息がでて、また瑛に笑われた。



花井蒼に初めて会ったのは、花房家の居間だった。

習字の稽古のあいだ、家政婦の林さんが彼女の子どもを預かっていて、

その子を引き取りにきたとき彼女を見た。

赤ちゃん連れの生徒がいると聞いてはいたが、こんなに若い子だとは思わな

かった。

童顔ってのもあるが、22か23歳くらいだろうか。

その幼な顔が、子どもを抱っこすると母親の顔になって、キラキラして見

えた。

子どもに微笑む顔が柔らかくて、見ているだけで癒されて、すごく綺麗で、

その顔を俺にも向けて欲しいと思った。

そう思った自分に気がついて、自分自身に驚いた。


一目惚れだった。

前の彼女も一目惚れだったから、惚れっぽいのかと思うかもしれないが、そん

なことはない。

思ったら一途だ。

前の彼女との思い出が詰まった車を、いつまでも捨てられないくらいに……

その思い出が詰まった車を手放そうと思うほど、花井蒼との出会いは強烈

だった。

小さな子どもがいるシングルマザーってのは、まったく気にならなかった。

ダンナがいるのなら話は別だが……

いや、もしかしたら彼女にダンナがいても惚れたかもしれない。

それくらい強烈に惹かれた。


子どもの父親とは結婚せず、一人で子育てをしている彼女は、資格をとるために

瑛のもとに弟子入りしたそうだ。

書道の経験は長く、どこかの書道会の段位も持っていて、書道の経験を生かし

て 『賞状技法士』 の資格を得るために頑張っている……

とは林さんから聞いたことで、林さんも彼女の熱心な稽古振りに感心して

いた。

初心者クラスにいるのは、この時間帯しか来られないから。



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