瑛先生とわたし

4 花井蒼の秘密



あーん、あーん……

また泣いてる。

『抱っこしましょうね、いい子ね』 林さんの声も聞こえてきた。 

赤ちゃんが泣くときは、眠かったりおなかがすいたときだって、瑛先生が言っ

ていた。

透くん、眠いのかな? おなかがすいたのかな?

あっ、教室の広間から蒼さんが出てきた。

透くんの声が聞こえたのね。


赤ちゃん、可愛いなぁ

そばで見たいなぁ


でも、近づいちゃダメだよって瑛先生が言うの。

赤ちゃんは、わたしみたいな子を見たことないからびっくりするんだって。

火曜日のお稽古日ってつまんないの。

猫アレルギーの深澤さんがいるからお教室には入れないし、

赤ちゃんがいるから林さんのそばにもいられない。

居場所がなくて廊下をうろうろしてたら、教室から出てきた龍之介さんに会っ

ちゃった。

わたしをじっと見てるから、わたしも龍之介さんをじっと見た。



「マーヤ、ひとりぼっちなのか?」


”そうよ”


「俺は稽古が終わったから暇なんだ。

蒼ちゃんの稽古が終わるまで、俺が遊んでやるよ」 


”わっ、いいから”



そろそろと後ずさりしたのに、あっというまに龍之介さんの腕につかまった。

瑛先生の抱っこはすごく優しいけど、龍之介さんの抱っこはがっしり抱くから

窮屈なの。

体を動かしてイヤイヤしてるのに、ぜんぜんわかってくれない。

ねぇ、おろしてよー! と鈴をチリンチリンと鳴らして訴えた。

けど……あれ? なんだか気持ちいい。

今日の龍之介さんは、そっと抱いて背中をなでてくれるから、ふわっといい

感じ。

わぁ、瑛先生の抱っこみたい。



「おっ、マーヤ、気持ち良さそうな顔してるな。

透くんを抱っこしたいから、瑛にコツを教えてもらったんだ。

猫にも好かれる俺になったな」


”龍之介さんのこと、そんなに好きじゃないけど、抱っこは好きかも……”


「なぁ、マーヤ」


”なぁに?”


「蒼ちゃん、俺のことどう思ってるかな」


”そんなの、知らないわ”


「瑛は彼女にいろいろ事情があるみたいなこと言ってたけど、

教えてくれないんだ。蒼ちゃんの事情ってなんだろう」


”わたしが知るわけないでしょう”



龍之介さんが揺れながらしゃべるから、だんだん眠くなってきちゃった。

そういえば、蒼さんが入門の手続きに来た日、瑛先生と長くお話してたわね。

透くんも一緒だったから、わたしは部屋から連れ出されちゃって、先生と蒼

さんがどんなお話をしたのかわからない。

気になるけど、瑛先生は簡単にしゃべったりしないから……

だから……あぁ、もうだめ……

目が閉じちゃう……


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