瑛先生とわたし


あれは高校二年の夏休みだった

いつものように瑛を家に誘ったら 「今日はちょっと用事はあるんだ」 と 

お前らしくない言い方で断ってきた

どうしたんだ? いつもの瑛なら ちょっと用事が なんて言い方はしない 

理由をハッキリ口にするのにって そのとき違和感があった 


瑛に振られて暇をもてあまして 久しぶりに模型でも作ろうかと 

作りかけの模型を取り出したが 部品がひとつなくなっていた 

それまで忘れかけてた模型なのに 部品ひとつでできないとなると

余計気になった

暑い中自転車を飛ばして 一時通い詰めた模型屋に行く途中 

藍と瑛を見かけた

公園のベンチに座って 何を話しているのか 瑛の顔は楽しそうで 

藍の顔は見たこともないほど輝いてた

なんでこんなところにいるんだよ ってのが俺の正直な思いだった

自転車を降りてその場に止めると 俺は二人の背後に回りこんだ

公園ってのは 上手い具合に茂みがあるもんだ

藍と瑛が座っているベンチの後ろには 体が隠れるほどの木の茂みがあった

夏の公園はセミの声やら木の揺れる音で 俺の気配を消してくれたが 

身をかがめて ご丁寧にスニーカーを脱ぎ足音を消して 二人の後ろに

張り付いた



「藍ちゃん これでわかった? 

中学の数学は公式さえわかれば そんなに難しくないよ 

あとは ちょっとしたことかな」


「それってなんですか?」


「うん 問題を解くことも大事だけど 字を丁寧に書くとか 

数字をきちんと書くとか そんなこと

授業のノートをきれいに書くこと これだけで成績が上がるよ 試してごらん」


「えっ そんなことで?」


「そんなことでだよ 僕が保証する」



このふたり 何でこんな話をしてるんだ?

ここで話さなくても 俺の家にくればできることじゃないか

それに藍のヤツ なんで俺じゃなくて瑛に聞くんだよ

心の中でぶつぶつ言ってたら ふたりの話の雰囲気が変わってきた



「受験だね みんな苦しいよね 藍ちゃんもそうなのかな 

いつもより顔が沈んでるみたいだけど 勉強の悩み?」


「悩みはあります 勉強もそうだけど ほかにも……」


「僕でよかったら話してみてよ 解決できるかわからないけど」


「できます 花房さんなら でも……」 


「言ってごらん 聞くよ」


「わたし……花房さんのこと 好きです……こんなこと言ったら迷惑ですか?」


「迷惑じゃないよ 嬉しいよ」



えーっ 即答?

おい 瑛 返事が早すぎ!



「迷惑じゃないけど いまは勉強しなくちゃ ねっ」


「わかってます でも 気持ちを伝えたくて……もう我慢できなくて……」



とうとう藍が泣き出して 瑛と一緒に俺もオロオロしてきた



「わかった 藍ちゃんの受験が終わるまで言わないつもりだったけど 言うよ」


「言うって なにを」


「僕も好きだよ 藍ちゃんのこと」



えーっ! おい 展開早すぎ!

瑛 おまえなぁ……

その手をどけろ!!


瑛は藍の肩を抱いて 髪の上に唇を乗せた

ベンチから立ち上がると どちらからともなく手を繋いで ふたりが仲良く

公園を立ち去るのを茂みの中から呆然と眺めた 

スニーカーを脱いで裸足だってのも忘れるくらい しばらく動けなかった



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