瑛先生とわたし


数日前、突然我が家にやってきた長谷川のお父さんは、いきなり 

「瑛君の再婚ですが」 と話をはじめた。

「はっ?」 と聞き返すと、「再婚ですよ。再婚」 と繰り返して、

書道教室の生徒さんと瑛が、そういうことになっているらしいと話してくだ

さった。

花井蒼さんとおっしゃる若いお嬢さんで、お子さんを抱えて健気に頑張って

いて、瑛もそのお嬢さんを気に入っているのだと、長谷川のお父さんは力説な

さった。



「花房のお母さん、渉のためにも瑛君のためにも、認めてやりましょう」 


「はぁ……」


「瑛君は自分から言い出しにくいはずだ。

こっちから気を利かせて話を進めなきゃ、まとまるものもまとまらない」


「はぁ……」


「その人の名前が蒼と色の名で、息子の名前は透と一文字だ。 

これはもう決まったようなものでしょう。ねぇ、そう思いませんか。

私はどうにでもまとめますよ」


「あの……」


「はい?」


「瑛がそう申したのでしょうか」


「申しました、申しました、蒼さんを気に入っていると。

事情さえわかってもらえれば、問題ないと言ってました」


「事情とは?」


「そりゃぁ、子どものことに決まってるでしょう。

未婚の母ってことだが、それなら初婚だ。

出戻りよりはるかにいい」


「ウチの娘は出戻りですが……」


「おっ、こりゃ失礼しました。だが、華音さんは同じ人と再婚したんだ。

問題ないでしょう」



何が問題で、何が問題でないのか、長谷川のお父さんの話を聞いていたらわか

らなくなってきたわね。

頭の中の整理がつかなくて、うーん……と考え込んでしまった私へ、こうも

おっしゃった。



「簡単なことですよ。男やもめになんとかっていうじゃありませんか。

そうならないうちに、われわれ年寄りが気を利かせて話をまとめるんですよ」



年寄りとひとくくりにされて、そのひとことには納得できなかったけれど、

ひとまず話をお聞きして、はい……とお返しした。

けれど、藍ちゃんのお父さんから再婚のお話をいただいて、申し訳ないと思う

気持ちのほうが強い。

そうお伝えすると



「なに、これで疎遠になるわけじゃない。渉はウチにとっても孫だから、 

今までどおりお付き合いをさせてもらいますよ」


「それはそうですが」



どこまでも、前向きなお父さんのお話に、ですが……とは言えず、その日はと

りあえずお話を伺っただけだったけれど。


瑛がお教室の生徒さんと?

もしも、それが本当なら、私に先に話してくれるはず。

藍ちゃんのときもそうだったわ。

彼女だといって、家に連れてきたのは高校生のとき。

高校の同級生の妹さんで、藍ちゃんはとても素直で良いお嬢さんだった。

「高校生らしいお付き合いをしてね」 なんて言わなくても、瑛はきちんとし

たおつきあいのできる子だった。

藍ちゃんを大事にしているのは、二人の様子からもわかることで、親が心配し

ないようにという配慮なのか、瑛がそうしたかったのかわからないけれど、

よく二人で顔を見せてくれたものだった。



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