瑛先生とわたし


その完璧に近い子が、新年会で飲みすぎて乱れて……泣きながら、瑛のことが

好きだと告白した。

そんなに飲ませたつもりはなかったけれど、気がついたら手酌で飲んでたわ。

場所もここだったわね。

「好きなんです」 と繰り返し言うから 「瑛は子持ちだし もう40前よ」 

と言うと、そんなこと関係ありません、好きなんです……と必死に訴えて

きた。

一途な思いが健気で、いじらしくて、私も菜々子も彼女が妹みたいに思えて、

それから 「瑠璃ちゃん」 と呼んでいる。


こういってはなんだけど、瑛はわが弟ながら 「イイ男」 だと思う。

女の子には優しいし、渉を叱るのは別として、怒ったところなんて見たことが

ない。

いつでも落ち着いて冷静で、容姿もまぁまぁ悪くない。

子どもがいるとわかっても、近づいてくる女性があとをたたないと龍ちゃんも

言っていた。


でもね、亡くなった藍ちゃんをずっと大事に想ってて、これぞ愛妻家というよ

うな男なの。

だから、瑠璃ちゃんの思いは報われない気がするのよね。

なんて思ってたのに、瑛と教室の若い生徒さんがいい感じだと聞いてびっくり

したわ。

だけど、私はどうしても信じられなくて、瑠璃ちゃんを迎えに行く口実で瑛の家に寄って、

噂の花井蒼さんを見に行った。

確かに、瑛と花井さんのあいだの空気は親しさを含んでいたわね。

瑠璃ちゃんが気にするのも、わからなくもないけれど。



「ねぇ、瑠璃ちゃん。瑛と彼女だけど、いつもあんな感じなの?」


「そうですね。花井さんのお子さんを、

瑛先生がとても可愛がっていらっしゃって」


「それは瑛も子どもがいるから、小さな子に優しくするんだと思うけど。

ねぇ、菜々子」


「うん、瑛君、本的に誰にでも優しいのよね 

特に小さな男の子には、いろいろ自分を重ねるんだと思う」



菜々子の言葉を聞いて、瑠璃ちゃんは 

「そうですね。私、蒼さんに勝てません。子どもはいませんから」 

なんて、 ネガティブなことを言い出した。

それに……と、苦しそうに言葉をつないだ。



「聞いたんです。花井さんが先生に 

”好きなんです、すごく” と言っているのを。

先生も ”それを聞いて安心した” と言って……

だから、間違いないんです」


「どこで聞いたの?」


「先生のお仕事の部屋の前で……聞くつもりはなかったんです。 

でも、お部屋の中から声が聞こえてきて。

私、驚いてしまって持っていた本を落として。

そうしたら先生が扉を開けて、気まずそうな顔をして」



そこまで言うと、グスッと鼻を鳴らして口をギュッと結んだ。



「決定的な言葉を聞かされたのか……」


「ちょっと、華音」



菜々子に注意されたけど、私の口は思ったことを言ってしまったあとで、

瑠璃ちゃんは、とうとう顔を覆って泣き出した。

ごめんね、と謝ったけど、すでに手遅れ。

瑠璃ちゃんの涙は、指の隙間から流れ出てカウンターテーブルに落ちてきた。


                               

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