瑛先生とわたし
華音はいつまでとぼけるつもりだろう。
いつ話してくれるかと待っていたけれど、自分から言い出さない。
長い付き合いで、互いに知らないことはないくらい何でも話してきたけれど、
この件に関しては、言いにくいようね。
店に入ってから気をつけていたけれど、さすがに自分の体の状態はわかってい
るようで、無茶な飲み方はしてはいない。
「さっきの話だけど」
「どの話?」
「瑛君を落とす作戦、どこまで本気?」
「本気も本気。瑠璃ちゃんのためにも急がなくちゃ」
「ふぅん……」
「ふぅん、ってなによ」
「急ぐ理由でもあるのかなと思って」
「はっ?」
謎かけも通用しないのなら、正面きって聞くしかないわね。
そろそろストップをかけなくては、迎えに来る洋輔さんも心配するでしょう
から。
ねぇ、華音……と、私はさりげなく問いかけた。
「予定日はいつなの」
「なんの予定日?」
「予定日と言ったら、出産予定日しかないでしょう」
華音の表情が固まった。
その横顔は、手元のグラスを見つめたまましばらく続いた。
「……どうしてわかったのよ」
「私は医者よ。ごまかせると思ったの?」
「菜々子は動物のお医者さんでしょう。私は人間よ」
「人間も動物なの。ねぇ、いつよ」
「夏ごろの予定」
「おめでとう」
「恥ずかしいじゃない……」
「どうして」
「だって、十数年ぶりの妊娠なのよ。それに……」
「40を超えてるから?」
そうよ……と華音にしては小さな声で返事があった。
かまってくれないなんて一方的な言い分で離婚したものの、離婚後、本当は後
悔してるのに素直になれずにいた華音だったが、別れたダンナさまに再度求婚
されて再婚した。
妊娠したと言うことは、再婚後ふたりは仲良く過ごしている証拠でしょう。
おめでとうございます……とカウンター向こうの牧村さんから祝いを告げられ
た華音は、ありがとうございます……と頭を下げ、やっとオメデタを認めた。