瑛先生とわたし


「瑛君の再婚を応援するのは、自分が妊娠したから?」


「そんなことないけど……」


「華音って基本的に自分中心でしょう。

なのにこれほど瑛君のことにかまうなんて、あんたらしくない。

同じ人と再婚して、二人目ができて、周囲から自分に向けられる興味本位の

関心をそらすためにも、再婚話が持ち上がった瑛君に、

周囲の注目が集まればいいなんて考えたんじゃないの?」


「菜々子も言いにくいことを言ってくれるわね」


「そうよ、言うのは私しかいないじゃない……洋輔さん、喜んだでしょう」


「すごく喜んでる」


「良かったわね」


「うん……けどね、瑠璃ちゃんの気持ちを何とかしてあげたいと思ったのは

本当よ」


「わかってる」


「それに、私のことで瑛に世話になったじゃない。借りを返したいの」


「そうなんだ」



華音の再婚の際、瑛君は姉と元義兄のために奔走した、それを言っているのだ

ろう。

どこまでも素直ではない親友は、どこまでも意地を張っている。

それもまた華音らしいといえば、華音らしい。

私からのお祝いです、と牧村さんがグラスをふたつテーブルに置いた。

見るからにフレッシュな生ジュースで、それは華音にはこれ以上アルコールは

差し上げませんと言うサインでもある。

乾杯と言いながらグラスを合わせた。



「お酒はしばらくの我慢よ」


「わかってるわよ」


「けど、今夜はもうかなり飲んだわね」


「うん、妊婦にあるまじき飲酒だったかも」



ふふっと顔を見合わせてから、一気にグラスをあけた。

酸味の利いたジュースで頭がすっきりしたところで、瑛君と瑠璃ちゃんをくっ

つける作戦を練った。

健康に気を配っている瑛君を病気にさせるのは難しいが、要するに彼を困った

事態に追い込めばいいのだ。

父子家庭なら女手が欲しいだろう。

その状況を作り出して、そこへ瑠璃ちゃんが登場して、瑛君の手助けをする。

花房家の家事は家政婦の林さんがやっているから、林さんに協力しても

らって、しばらく林さんに風邪で寝込んでもらうことにした。

数日とはいえ、仕事をしながらの家事は大変なはず。

そこを瑠璃ちゃんが助けてくれたなら、さぞ彼女へ感謝するだろう。

やがて、瑠璃ちゃんへの感謝の気持ちが愛情に変わっていき……

と言うのが、私と華音が考えた作戦だった。

ジュースで盛り上がった私たちは、もう成功したような気になっていた。


華音を迎えに来た洋輔さんは相変わらず寡黙なダンナさまだったが、華音を見

つめる目が以前にも増して優しくなっていた。 

「聞きましたよ。おめでとうございます」 と伝えると、ありがとうと言った

あと、「これも、瑛君と菜々子さんのおかげですよ」 と嬉しい言葉をも

らった。



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