瑛先生とわたし
お夕飯ができたら呼ぶわね、といっておばあちゃんが出て行ったら、かわりに
一樹が入ってきた。
「さっきはゴメン」
「べつに……」
それから、また庭におりて池に向かって石を投げて遊んだ。
コントロールが悪い一樹の石は池からはみ出してばかりで、僕より必死に
なって石投げをしている。
中学生って子どもだよなって、そんなことを思った。
次の日、僕を迎えに来たパパの腕に猫が抱かれていた。
パパの知り合いの人から預かったオス猫で、マーヤと同じくらいの歳らしい。
家に連れて帰ったらマーヤがどんな顔をするかな? とパパは心配してた
けど、二匹の猫を会わせたら、マーヤはじっと見詰めたあと ”ふんっ”
って顔でどこかに行った。
オス猫は、マーヤを見ても驚きもしないし怯えてもいなかった。
「大丈夫みたいだな。渉、世話を頼んでもいいかな。
このコの名前はソージだよ」
「掃除? 変な名前だね」
「沖田総司を知ってるか?」
「知らない……」
それからパパは、幕末とか新撰組について話をしてくれた。
ビセイネン剣士だったらしいと言われて 「ビセイネンって?」 と聞くと
「うーん、ヨウシが整った男だ」 とパパが答えた。
「ソージって人、養子だったの?」
「はぁ? そのヨウシじゃない」
僕とパパの会話はちぐはぐで、漢字の変換がめちゃくちゃだ。
紙に字を書いて説明してくれたけど、ツボに入った僕は笑いが止まらなく
なった。
笑う僕の横でソージはおとなしく座っている。
マーヤみたいにツンツンしないところが気に入った。
抱っこしてやると、おとなしく膝の上で目を閉じて、ゴロゴロ喉を鳴らして
リラックスしてる。
ソージを気に入ったと言うと、パパはすごく優しい顔になった。
「ソージ、仲良くしような」
「渉、瑠璃さんは退院したよ。
しばらく自宅療養して仕事に戻るが、稽古はやめるそうだ」
パパの口から ”瑠璃さん” と名前が出て、一瞬ビクッとしたけど、
深澤さんはもうこの家には来ないと聞いてなんかホッとした。
けど、それでいいの? とパパに聞いてみたい気もした。
どうしてだかそう思った。
「そうなんだ……あのさ」
「何も変わらない、いままでと何も変わらないよ」
「うん……」
何も変わらないとパパが繰り返す。
一樹はあんなこと言ったけど、パパは結婚もないし、僕に兄弟が生まれる予定
もない。
ソージがウチにやってきたこと以外は今までと同じで、それからパパから
「瑠璃さん」 の名前を聞くこともなくなった。