瑛先生とわたし


春がきて進級して、夏休みも秋の行事もあっという間に過ぎて、クリスマスも

お正月もやってきて、バレンタインデーにチョコレートをもらえるかもらえな

いのか、ドキドキする頃になった。

急に背が伸びた僕は体操服が小さくなって、6年生の二学期に買い換えた。

「この時期に買い替えなんて、ちょっともったいないですね」 と言いなが

らも、家政婦の林さんは大きくなっていく僕を眩しそうに見ている。

進学する中学の制服も出来上がって、いよいよ中学生になるんだとワクワクし

てきた。

制服を試着した僕を見たパパから「中学生に見えるよ」 と言われて照れくさ

かった。


パパは個展が近づいて忙しそうで、部屋にこもって一日中書いている。

ときどき龍之介おじさんが、「作品はすすんでるか?」 なんて言いながら

様子を見に来るけど、パパに言わせれば 「龍之介は仕事の邪魔をしにきてる」

そうだ。


その龍之介おじさんは、蒼さんともうすぐ結婚する。

結婚式の予定が変わって早くなったと聞いた一樹は ”できちゃったっての

マジだったんだ、ヒュ~” と変な反応をした。

華音おばさんが 「龍ちゃん、できちゃったらしいのよ」 と話していたら

しい。

なにそれ……って一樹に聞いたら、ニヤニヤしながら結婚する前に子どもがで

きることだと教えてくれた。

別にニヤニヤしなくてもいいじゃん、結婚するんだから変でもなんでもないの

にと思った。


そんな一樹は、夏に妹が生まれた。

「マリンって名前、いかにも母さんが考えそうだろう? 

キラキラネームもいいところだよな」 と

一樹は言うけれど、『万鈴』 と書いて 『マリン』 と読ませる名前は、

結構センスがいいと僕は思っている。

「14歳違いの兄弟はシュールだ」 とか、ぶつぶつ言ってたのに、妹は

可愛い、可愛すぎるとか言うようになっている。
 



今日は、すっかりウチに居ついたソージを連れて 『一色動物病院』 に

行った。

夜中に出歩いて、どっかの猫と戦って傷ができたみたいだけど、もうほとんど

治ってる。

ソージはおとなしそうにしてるけど、戦うときは戦うんだな。

やっぱりオスなんだと思った。

病院の横に新しい建物が建設中だ。

病院まで送ってくれた龍之介おじさんが言うには 「いわゆる動物の美容院み

たいなもの」 らしい。

診察のあと建設現場がおもしろそうで仕事風景を見ていたら、工事の様子を見

に来た菜々子先生が 「見学していいわよ」 と中を案内してくれた。

ソージは初めての場所で緊張しているのか、抱っこされたままじっとして

いる。

僕は現場の様子が物珍しくてキョロキョロ見回していたら、知ってる人が

いた。

ヘルメットをかぶって、図面を広げて工事の人と話をしているのは深澤さん

で、僕に気がついた深澤さんは、目を大きく見開いてすごく驚いていた。

「こんにちは」 と挨拶したら、「こんにちは」 と返ってきた。

市民センターから県庁に戻った深澤さんは、いまは土木部に勤務していて、

偶然ウチの担当になったのだと菜々子先生が教えてくれた。



「渉君、背が高くなったわね。もうすぐ中学生ね」


「はい」


「その子はソージね」


「どうして名前を知ってるんですか?」


「私が飼えなくなって、花房先生にお願いしたの」



深澤さんが飼ってた猫だって?

でも、と疑問が浮かぶ。



「えっ、猫アレルギーだって」


「そうなの、だから、アレルギーを治したくて。

猫ちゃんに慣れると、治る人もいるらしいの。

やっとソージに慣れたところだったのに、入院したり、

引っ越し先でペットが飼えなくて……花房先生にお願いしたのよ」



猫に慣れるために猫を飼っていると菜々子先生に話したら、そういうことも

まれにあるけれど、あまり勧められないと言われて、飼い続けるのを諦めたと

深澤さんは残念そうに言った。



「ソージに慣れたら、マーヤちゃんと仲良くなりたかったのに……

渉君、ソージを大事にしてくれてありがとう」



それから、お父さんはお元気ですかと聞かれて、はい……と返事をして深澤さん

と別れた。

菜々子先生が家まで送ると言ってくれたけど、歩きたい気分だった。

ソージだけ菜々子先生に頼んで、僕は家までの道を歩くことにした。


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