瑛先生とわたし


ソージがウチにきたとき、この猫は知り合いから預かったとパパは言っていた

けど、誰から預かったのか言わなかった。

なぜ言わなかったのかな、僕が気にするとでも思ったのかな。

ソージが深澤さんの猫でも、そんなの気にならないし、全然平気なのに。

なんか勝手に僕に気を使って、隠したりされるのっていい気分じゃない。

そう思ったら、パパに腹がたってきた。

自販機のそばにペットボトルが転がってて、拾って投げたら見事にゴミ箱に

入った。

ちょっとだけ気が晴れた。


歩きながら、また考える。

深澤さんがマーヤと仲良くなりたかったのは、きっとパパと親しくなりたかった

からだ。

マーヤを避けたり追い出そうとせず、努力してパパとマーヤの近くにいたかっ

たんだと思う。

けど、猫アレルギーなのに、猫に慣れようなんて無茶だよ。

一樹や華音おばちゃんが言うように、パパは深澤さんを……

深澤さんもパパを……ってことだよな。

ハッキリ言葉にすると、なにもかも認めてしまいそうで、言葉の先をのみこ

んだ。

一年前、パパは僕に何も変わらないと言ったけど、変わらないのではなくて、

パパが変えようとしなかったんだ。

僕とパパの生活が今までと同じであるように、そうしたんだと思う。



家までそんなに遠くないと思ってたけど、歩くと結構な距離だった。

休憩するために公園に寄って、ベンチに腰掛けて、また考えはじめてすぐ、

頭に浮かんだ言葉に、あーっ! と声が出た。

一年前、僕が予知したこと、オスの猫とタクシーと深澤さんの顔。

これって、オス猫はソージで、タクシーは深澤さんの事故と関係があって……

そういうことだったのか。

僕は、弥生おばあちゃんが言ってくれたことも思い出していた。


『もしもだけど……渉に何か起こったら、パパは迷わずタクシーに乗って

駆けつけると思うわよ。

渉はパパにとって一番大切なの、だからね、パパなら絶対そうするわ』


深澤さんが事故にあったと聞いて、パパは迷わずタクシーに乗った。

それは、パパにとって深澤さんが大切な人だから。

僕や、おじいちゃんやおばあちゃんと同じように、乗らないと決めているタク

シーに迷わず乗ってしまうほど、 大切に思っているから……

一年前の僕は気がつかなかったけれど、今ならわかる。

大事なことに気がついて、それからどうしたらいいのか考えた。

考えたけど、簡単にはわからない。

パパが生活を変えないのは僕のためだからと言われたら、どうしようもない。

でも、そんなの、ハッキリ言って迷惑だ。


いつの間にか日が暮れて、あたりは暗くなっていた。

林さんが心配してるだろう、帰らなきゃ。

立ち上がって歩き出すと、「あゆむ」 と声が聞こえた。

パパが公園の入り口に立っていた。

帰りが遅いから迎えに来たと言う顔は、すごく心配したときの顔だ。

ごめん、ちょっと休憩してたんだと言い訳をしながら、パパへの言葉を考

えた。



「あのさ」


「うん?」


「もうすぐ中学だからさ、パパじゃなくて父さんって呼んでもいいかな」


「渉がそう決めたのなら、いいよ」


「それからさ」



まだあるのか? と笑ったが、パパは……いや、父さんは言ってみろと言って

くれた。



「僕のためにとかってのは嫌なんだ」


「親なら子どものためになるならと考えるが、

そうして欲しくないってことなのか?」


「そう。やだよ、僕は僕で、父さんは父さんだ。

僕のために我慢してるとかって言われると、なんか困るっていうか……」


「そうか……」



父さんが、わかったのかそうでないのか、僕にはわからなかったけど、それか

ら何かを聞かれたりはしなかった。

僕が言いたかったことは、父さんにちゃんと伝わったのかな。

なんか、まだもやもやしてるけど、今日はこれくらいにしておこう。

それから家まで、僕も父さんも黙って歩いて帰った。


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