瑛先生とわたし
こんなところに体操服を脱ぎっぱなしにして どうしちゃったのかしら
あらあら ここにも 変ねぇ 二枚も脱いだままって
あっ もしかして この体操服小さくなったのかも
この頃 渉君背が伸びてきたから きっとそうね
だとしたら 今朝は何を着て行ったのかしら
体操服の長ズボンは二枚しかないはずだけど……
お昼ご飯をお出ししたときに 先生に体操服の話をしてみたら
先生が思い出したように ハッとした顔をさなったの
口元に手をおく仕草が絵になるのよねって シルバー書道講座の加納さんが
おっしゃっていたけど ホント こうしてあらためて拝見すると
きれいな手をなさっているわ
「今朝は 短パンのまま登校していきました 寒いだろうって声をかけたら
そんなことないって 走っていったんですよ」
「やっぱり……男の子って 服を買って欲しいって
なかなか言わないものなんです
ウチの息子たちもそうでした 短くなっても 別にいいと言うばかりで
どうしてでしょうね」
「それ わかるなぁ 僕にも経験がありますから
新しい服って 着ていくのが照れくさくて
新品は わざとクシャクシャにしてから着たもんです」
「まぁ 先生もそうでしたの ウチの子達も同じですよ
新しい服にわざとシワをつけて 私がやめてと言ってもきかなくて」
うーん と考え込む仕草
これは市民センターの副所長 深澤さんがおっしゃっていたわね
悩む口元も憂いがあって素敵ですねって
口元をちょっととがらせて 唇をぎゅっと結んだまま 次の言葉を探す間の顔
これね この顔が深澤さんのお好きな顔なんだわ
毎日のようにお会いしている私には どの仕草も瑛先生の断片であって
当たり前の表情なのに みなさんには特別のものに見えるのかしら
「体操服 買ったほうがいいですね 卒業まで まだ一年以上ありますから
ずっと短パンってわけにはいかないでしょう」
「渉君と一緒にスポーツ店に行って サイズを合わせて買ってきましょうか
私の言うことなら素直に聞いてくれるかもしれません
パパには言いにくいことってありますものね」
「お願いできますか 助かります 男親ってのは こんなとき無力を感じますね
林さんが来て下さるようになってから 渉も落ち着いてきましたから」
「そんなこと……渉君は本当に良い子です
素直で正義感が強くて 私 とっても好きですよ
遠慮なさらずなんでもおっしゃってくださいね
お茶のおかわりは いかがですか?」
信楽焼きの湯飲み茶碗を もらいます と言いながら 大事そうに持って
差し出してくださった
そのお茶碗は 私が同窓会に行った先で求めたもので 先生へのお土産に
お持ちした日から ずっと使ってくださっている
こちらに伺うようになって もうすぐ5年になるわね
渉君が小学校に入学した年からだから
長いことお世話をさせていただいているのに 先生の私への姿勢はずっと
変わらぬまま
年長者への気遣いかしら いつも心配りをしてくださるの
そんな姿が みなさんにも伝わっているのでしょうね
ここにおいでになる方は みなさん瑛先生のファンですもの
私も もちろんその一人ですけれどね