瑛先生とわたし
先生が書く横で、蒼さんのお姉さんの花田紅さんが踊るんだって。
いったいどうなるの?
龍之介さんの頼みだから先生も断れなくて、一回だけならと返事をしたのに、
龍之介さんったら 「すごい評判なんだ、回数を増やそう」 って勝手に決め
ちゃったの。
それで、先生とちょっと意見があわなくて……
「おまえも欲のないやつだな。家族のために頑張ろうとか思わないのか」
「そういう話じゃないだろう」
「そういう話だよ」
「俺は頑張るぞ。家族が増えるんだ、頑張らずにどうするよ」
「蒼さん、体調はどうだ。
彼女の字は評判がいいから、仕事が次から次にくるだろう。
けど、そろそろ減らしたほうがいいぞ」
「わかってる、仕事は9ヶ月までだ。けどさぁ、教えてくれないんだよ。
男か女か。俺としては名前を考えなきゃだから、早く教えてもらいたいのに、
”生まれるまでのお楽しみですから” って言うんだよな」
あはは、いつのまにか蒼さんの話になってる。
さすが先生ね、話を聞くのが上手だわ。
「上が男で午年だったから、龍ちゃんと馬を足しましょうって蒼ちゃんの意見で
”竜馬” って名前にしたが、今年は申年だ。
サルって難しいんだよ。蒼ちゃんは ”猿之介” にしましょうと言うけど、
長谷川猿之介って、歌舞伎俳優のなりそこないみたいじゃないか」
「猿之介か、いいじゃないか。それで、女の子なら名前が決まってるのか」
「いや、思いつかなくてさ。
だから性別を聞いて、片方にしぼって考えようと思ったんだよ」
龍之介さんと蒼さんに、もうすぐ二人目の赤ちゃんが生まれるの。
二人は 「龍ちゃん・蒼ちゃん」 と呼び合って、すごく仲良し。
瑛先生の紹介でお仕事をはじめた蒼さんは、今すごく忙しそう。
賞状書士の資格も取ったけど、そのお仕事より頼まれて字を書くお仕事が多い
みたい。
先生が言ってたけど、蒼さんの字は優しくて癒しの字なんだって。
うん、わかるわ。
蒼さん、わたしとお話もできるのよ。
みんなにはナイショなんだけど、バロンだけは知ってるの。
あっ……知ってたの……
もういなくなっちゃったけど……
バロンがいなくなった日、蒼さんは一日中泣いてたんだって。
あんまり悲しそうにしてたから、長谷川のおじいちゃんがバロンの子どもを
譲ってくれたんだって。
バロンジュニアという名前にしたの、竜馬の遊び相手なのよと蒼さんが教えて
くれた。
「それよりさ、おまえはどうなんだよ。名前、考えたのか?」
「いや……俺のことはいいから。で、女の子だったらどうする?」
「おい、話をそらすな。おまえだって考えて……」
「みんないるかな~! 帰ったわよ」
「あっ、華音さんだ。この話はあとだ。
猿之介のことはあの人にはナイショな」
「わかってるよ、姉さんに言うとすぐに広がる」
「そーだよ」
わっ、華音さんも来たのね。
今日はお客さんがいっぱい。
来たのは華音さんだけじゃなくて、菜々子先生も蒼さんも一緒だったの。
みんなでお買い物に行ったんだって。
子どもたちも集まって、すごい人数になってるわ。
朝から台所で林さんが忙しそうにしてたのは、このためだったのね。
わぁい、今日はご馳走ね。
花房のおうちには、いつも人が集まってくる。
それから賑やかにすごして、みんなが帰ったのは夕方。
お片づけが終わった林さんも帰って、おうちの中が急に静かになった。