瑛先生とわたし
それにしても、ソージも子どもたちもどこに行ったのかな。
さっきからいないけど、またお外に行ったのかしら。
キョロキョロと見回していたら、「マーヤ、おいで」 と瑛先生に呼ばれた。
返事の代わりに首の鈴を鳴らして寄っていくと、わたしを抱っこして、その
まま奥の部屋に向かった。
そこは、前は瑛先生のおじいさんの大先生が使っていた部屋で、瑠璃さんが
お稽古に来ていた頃は、ここで先生が教えていた場所。
部屋の近くに来ると、”ほら、あそこ” と口だけ動かしながら指差したのは
和室の縁側。
この廊下から和室の縁側が良く見える。
あっ、ソージと子ども達がいる、瑠璃さんと一緒だったのね。
何かお話してるみたいだけど、なんだろう。
首をかしげると、先生がわたしの顔を覗き込んで、口に指を立てて
「シーッ」 と言った。
黙って聞きなさいってことね、わかったわ。
「ソージ、あなたは偉いわね。ちゃんと子育てして、子どもたちもいい子に
育ってるわ。
私はどうかしら……まだまだね」
チリンチリンと音がする。
ソージの首にも鈴がついていて、首を振るたびに音がする。
瑠璃さんへ、”そんなことないよ” と言ってるのかも。
瑛先生と瑠璃さんは結婚したの。
深澤さんと呼んでいたけれど、先生の奥さんになったから瑠璃さんと呼んで
あげることにしたわ。
瑠璃さんはお仕事を続けて、このおうちから通っている。
猫アレルギーだと思っていた瑠璃さんは、実はそうじゃないとわかったの。
菜々子先生に勧められて検査をしたら、猫じゃなくて植物のアレルギーで、
その植物がたまたま花房のおうちの庭に植えられていて、それが原因だった
みたい。
前にも同じことがあったから、猫が原因だと思ったんだって。
だから瑠璃さん、ソージは平気だったのね。
「瑠璃さんの思い込みだったのか、案外そそっかしいんだね」 って、瑛先生
も笑ってた。
そして、わたしたちは一緒のおうちに住んでいるの。
去年の春、渉の弟が生まれたのよ、名前はヒビキ。
花房響……瑛先生が考えたんだって。
「結婚する前、渉君と上手くやっていけるか、少し不安だったの。
でもね、なにも問題なかったわ。
だけど、響が生まれて、とても忙しくなって、渉君と思うように話もできなくて……
それがとても気になってるのに、思うようにいかなくて。
渉君のほうが大人ね、私の戸惑いをちゃんとわかってくれているみたい。
瑛さんも優しいから、私に何も言わないわ。でもね、だから心配なの。
私、ここのおうちでちゃんとやっているのかしら」
ソージが瑠璃さんをじっと見ている。
きっと、励ましているんだと思う。
「ソージ、私ね、瑛さんも渉君も、渉君のママの藍さんのことも、
全部、一緒に好きになったのよ。
藍さんがいたから今の瑛さんがあるの。藍さんがいたから渉君がいるの。
だから……私もその中の一人になりたいの……できるかな」
なんだか涙が出てきちゃった。
それまで部屋に飾られていた藍さんの写真は、いまはアルバムの中。
藍さんはアルバムの中の人になったけど、みんなみんな一緒だって言う瑠璃
さん、すごくいいな。
わたしたち家族よ、と言ってあげたいな。