瑛先生とわたし
それまでじっと話を聞いていた瑛先生が、わたしを下におろすと和室にそっと
入って行った。
瑠璃さんに気づかれないように、そーっと後ろから近づいて、そして……
わぁ、瑠璃さんを背中から抱きしめちゃった。
瑠璃さん、飛び上がるくらいびっくりしてる。
わたしも驚いたけどね。
「ソージに人生相談?」
「うん……」
「ソージはなんて?」
「それは……どこから聞いてたの?」
「結婚する前は不安だったってあたりから」
「えっ、恥ずかしい……」
瑠璃さん、顔を覆って本当に恥ずかしそう。
先生のあとをついてお部屋に入ったわたしは、ソージのそばに座った。
瑠璃さんの話を聞いてあげたの? と目で聞いたら、そうだよ って目で返し
てくれた。
あなたって、やっぱり頼りになるダンナサマだわ。
嬉しくなって、ソージの肩に頭を乗せたら、ソージもコツンと頭を寄せてく
れた。
足元で、わたしも、わたしもって、子どもたちがまとわりつく。
先生を見ると、瑠璃さんの胸の前に手を回してギュッとしてる。
「この部屋で初めて会ったね」
「私にとって、ここは大切な部屋なの。
瑛さんが私だけを見てくれた場所だから……」
「あのころ、ほかの生徒さんは名字で呼んでたけど、
君だけは 瑠璃さん と名前で呼んでたんだよ。気がついてた?」
瑠璃さんが顔を横に振る。
「あのころから、僕は君だけを見ていた。
君がどういう人か、よくわかってるつもりだ。
だから、僕はなにも心配していない」
「うん……ありがとう」
それから、瑛先生は瑠璃さんの肩に頭を乗せて、もっとギュッとしたの。
ふふっ、わたしとソージみたい。
遠くから子どもが泣く声が聞こえてきた。
どんどん近くなってくる。
先生と瑠璃さんがサッと離れた途端、襖がガラッと開いて、響を抱っこした渉
が入ってきた。
「響、超機嫌が悪いんだ。寝起きが悪くてさ」
「まだ寝たりないんだろう」
そういうと、渉から響を受け取って、瑛先生はあやし始めた。
さすがね、泣き声はすぐにやんで、もう眠そうな顔になってるわ。
「進路の三者面談があるんだけどさ、母さん頼むよ」
「えっ、お父さんじゃなくて私?」
「うん、父さんがくると ”本人の意思に任せます” で終わっちゃうんだ。
面談にならないよ。
母さんなら、高校のこととかよくわかってるし、それに先生も喜ぶし」
「どうして先生が喜ぶんだ?」
瑛先生が怪訝そうな顔で渉に尋ねたの。
瑠璃さんも不思議な顔をして聞いている。
「美人だからに決まってるじゃん。じゃっ、そういうことで」
残された瑛先生と瑠璃さんの顔、おもしろーい。
先生はすごく機嫌が悪そうで、瑠璃さんはとっても嬉しそう。
わたしも嬉しいわ。
花房のおうちはみんな仲良し。
だからわたしも大好きなの。
子ども達が急にうるさくなって、ニャーニャー言い出した。
お外に行きたいのかな。
そう思ったらソージが子どもたちを連れて立ち上がって、縁側の窓から外に
走っていった。
気をつけていくのよ。
夜は涼しいから、お散歩にはいいかもね。
縁側の風鈴がチリンと鳴った。
・・・ おわり ・・・