泡沫(うたかた)の落日
第11話 明かされる真実の予兆・1
屋敷に戻って来たら、もう11時半を回っていた。
あのお総菜を一緒に食べる事にし、温め直したリ、お皿に盛ったりと準備を始める。
『私がやるから座っていなさい』と言う嶺司に、『大した怪我じゃありませんし、私がやります』と聖愛……。結局キッチンに二人並んで一緒に準備する事にした。聖愛は遅い晩ご飯になるが、シェフの作る夕食をすでに済ませた嶺司は、お夜食と言う感じだ。
「このなんとも言えない土色と素朴な絵柄が素敵ですね。どっしりした厚みと風貌ある雰囲気も凄く好きです」
聖愛は器の淵に優しく触れるように手を添えて、淡い土色の大皿を見つめた。
「これは絵唐津(えがらつ)と言ってね、唐津焼の中の一種なんだ。花鳥や草木などの素朴な絵柄と灰色釉など透明な釉薬を施した土色の風合いと侘びたこの雰囲気が好まれて、ひび割れたこの風合いも味わいがあって、好む人も多いんだ」
あのお総菜を一緒に綺麗に盛り付けながら、陶器の話しにも花が咲く。
山菜おこわは青竹の器に入れて大皿の一番上に置き、その隣に鳥つくね、深緑色の織部の変形のとても小さな豆鉢に白和えを入れ大皿の右側に、四角くてころんとした形で小さな足の付いた赤絵草花紋角小鉢には筑前煮を入れて大皿の左側に置いた。ほくほくコロッケはお皿の一番下に置く。素朴なお総菜が料理本の表紙のように、美しく盛り付けられた。
「とても美味しそうですね。それに素敵に盛り付けられて、目でも楽しめる感じです」
「本当だ……。これは見事だ。君が買い過ぎてくれて、ご賞味に預かる事になって、私はラッキーだったな」
嶺司が戯けて言った。
「本当に……。偶然にもピッタリ2人前の分量で……」
お互いに、目と目を見交わして笑い合った。
ダイニングテーブルに、柿渋染めの和風ランチョンマットを敷き、梅の木の枝を削ったお箸をお揃いの梅の木を削った箸置きに置く。そして美しく盛り付けた大皿を並べて、向かい合わせに席に着き、互いに頂きますと手を合わせた。
嶺司は自分が思い描いていた穏やかな二人の生活を、今やっと手に入れる事が出来たような、ふわりとした温かさを感じた。
聖愛が筑前煮の人参をお箸でつまんで口の中に入れた。それを食べ終ると、次はどれにしようかなと、嬉しそうな顔をして美味しそうに、次々と口に運んで行く。一通り味見してお茶を一口飲んでから、目を輝かせて言った。
「このお総菜、どれも美味しいです。凝った味付けじゃないと思うのですが、上品な味付けで、お出汁はしっかり効かせてあるし、似たような味付けではなく、それぞれのお総菜に合わせて工夫されてる味って言うか……」
「確かにどれも美味しいね。素朴な感じの味だけど、奥が深いと言うか……。手を抜かずにしっかり丁寧に真心込めて作った味だなって感じがするよ」
いつも一流と言われるようなシェフや料理人の料理を口にしている嶺司だが、これはなかなかいい味だと本心でそう思った。
「そう言えば……。君は凄く偏食で、どちらかと言えば洋食派だし、ここにある物はコロッケ以外全て苦手で食べれないと思ったのに、美味しそうに食べてるから、凄く驚いたよ」
嶺司が不思議そうな目で聖愛を見た。
「えっ。そうなのですか? 私、どれも大好きで美味しく感じるのですが……」
「そうなの? 白和え自体嫌いだった筈だし、中にある具のしめじなんて大の苦手な筈なのに……」
どれも美味しく感じる聖愛は、凄い偏食だった事は、まるで信じられない気持ちだ。
「私、記憶を無くしても本能的に、好きな物嫌いな物、得意な事苦手な事、何となく分かるというか……。だから、これといって嫌いな食べ物って無いみたいな気がするんです」
「う〜ん。本当に別人みたいだ……。でも、何処から見ても聖愛だし、他人であるはずが無いんだ。相模之原湖のあの騒動の時の事だが、相模之原警察から車の問い合わせの電話が入ったことが切っ掛けで、君の事が分ったんだ」
「車の問い合わせですか?」
「そう」
嶺司があの時の事を思い起こす様に遠い目をしながら話しを続けた。
「相模之原湖の駐車場に数日置き去りの車があり、その車は別れる時に私が聖愛にあげたもので、名義は私名義のまま変更されてなかった為に連絡がこちらににきてね。丁度すぐ近くで自殺未遂の疑いが濃厚のボート転覆事故が起きてて、それと関連性があるのではと、君の身元確認の問いあわせも来て、で、君の身元がすぐに分かったという訳なんだ。転覆した貸しボートを借りたのは、君本人だったと貸ボートの店員が証言しているし、一人でボートに乗り込んで相模之原湖に出ていった様子を多数の人が目撃してるそうだし、君単独で起こした事故で、事件ではないそうだ」
「そうだったのですか……」
「で、君の所持品と言ったら、あの駐車場に残された車だけで、バッグも何も持ってないし、車にも何も残されて無くて、私の所に連絡が入らなかったら、身元不明人になる所だったんだ」
聖愛はあの時の事を思い起こそうと考え込むように俯いて。それから顔を上げて、嶺司に問いかけた。
「所持品とか、湖に落ちた時に湖に落としてしまったのでしょうか?」
「一応ダイバーに頼んで調査されたようだが、全く何もでて来なかったらしい」
「じゃあ、何も持たないで私は相模之原湖まで行ったということでしょうか?」
「ちょっと気になる事があるのだが……」
嶺司が顎に手を置いて、難しい顔をした。
「気になる事?」
嶺司のその表情に、聖愛は気持ちが落ち着かないような、良くない事が何かあるのかと不安な気持ちになった。
「実は、あの事故の後、君名義の通帳からかなり高額のお金が下ろされてる事が分った。クレジットカードも使用されてる事が分かった。今は全て止めてあるから、使い込まれる心配はないが……。盗まれたのか? 何か犯罪に巻き込まれているのか? 気になる所なんだが……。今調査中で、詳細は分ってないが……」
聖愛は、とても心細い気持ちになった。
(第12話に続く)
あのお総菜を一緒に食べる事にし、温め直したリ、お皿に盛ったりと準備を始める。
『私がやるから座っていなさい』と言う嶺司に、『大した怪我じゃありませんし、私がやります』と聖愛……。結局キッチンに二人並んで一緒に準備する事にした。聖愛は遅い晩ご飯になるが、シェフの作る夕食をすでに済ませた嶺司は、お夜食と言う感じだ。
「このなんとも言えない土色と素朴な絵柄が素敵ですね。どっしりした厚みと風貌ある雰囲気も凄く好きです」
聖愛は器の淵に優しく触れるように手を添えて、淡い土色の大皿を見つめた。
「これは絵唐津(えがらつ)と言ってね、唐津焼の中の一種なんだ。花鳥や草木などの素朴な絵柄と灰色釉など透明な釉薬を施した土色の風合いと侘びたこの雰囲気が好まれて、ひび割れたこの風合いも味わいがあって、好む人も多いんだ」
あのお総菜を一緒に綺麗に盛り付けながら、陶器の話しにも花が咲く。
山菜おこわは青竹の器に入れて大皿の一番上に置き、その隣に鳥つくね、深緑色の織部の変形のとても小さな豆鉢に白和えを入れ大皿の右側に、四角くてころんとした形で小さな足の付いた赤絵草花紋角小鉢には筑前煮を入れて大皿の左側に置いた。ほくほくコロッケはお皿の一番下に置く。素朴なお総菜が料理本の表紙のように、美しく盛り付けられた。
「とても美味しそうですね。それに素敵に盛り付けられて、目でも楽しめる感じです」
「本当だ……。これは見事だ。君が買い過ぎてくれて、ご賞味に預かる事になって、私はラッキーだったな」
嶺司が戯けて言った。
「本当に……。偶然にもピッタリ2人前の分量で……」
お互いに、目と目を見交わして笑い合った。
ダイニングテーブルに、柿渋染めの和風ランチョンマットを敷き、梅の木の枝を削ったお箸をお揃いの梅の木を削った箸置きに置く。そして美しく盛り付けた大皿を並べて、向かい合わせに席に着き、互いに頂きますと手を合わせた。
嶺司は自分が思い描いていた穏やかな二人の生活を、今やっと手に入れる事が出来たような、ふわりとした温かさを感じた。
聖愛が筑前煮の人参をお箸でつまんで口の中に入れた。それを食べ終ると、次はどれにしようかなと、嬉しそうな顔をして美味しそうに、次々と口に運んで行く。一通り味見してお茶を一口飲んでから、目を輝かせて言った。
「このお総菜、どれも美味しいです。凝った味付けじゃないと思うのですが、上品な味付けで、お出汁はしっかり効かせてあるし、似たような味付けではなく、それぞれのお総菜に合わせて工夫されてる味って言うか……」
「確かにどれも美味しいね。素朴な感じの味だけど、奥が深いと言うか……。手を抜かずにしっかり丁寧に真心込めて作った味だなって感じがするよ」
いつも一流と言われるようなシェフや料理人の料理を口にしている嶺司だが、これはなかなかいい味だと本心でそう思った。
「そう言えば……。君は凄く偏食で、どちらかと言えば洋食派だし、ここにある物はコロッケ以外全て苦手で食べれないと思ったのに、美味しそうに食べてるから、凄く驚いたよ」
嶺司が不思議そうな目で聖愛を見た。
「えっ。そうなのですか? 私、どれも大好きで美味しく感じるのですが……」
「そうなの? 白和え自体嫌いだった筈だし、中にある具のしめじなんて大の苦手な筈なのに……」
どれも美味しく感じる聖愛は、凄い偏食だった事は、まるで信じられない気持ちだ。
「私、記憶を無くしても本能的に、好きな物嫌いな物、得意な事苦手な事、何となく分かるというか……。だから、これといって嫌いな食べ物って無いみたいな気がするんです」
「う〜ん。本当に別人みたいだ……。でも、何処から見ても聖愛だし、他人であるはずが無いんだ。相模之原湖のあの騒動の時の事だが、相模之原警察から車の問い合わせの電話が入ったことが切っ掛けで、君の事が分ったんだ」
「車の問い合わせですか?」
「そう」
嶺司があの時の事を思い起こす様に遠い目をしながら話しを続けた。
「相模之原湖の駐車場に数日置き去りの車があり、その車は別れる時に私が聖愛にあげたもので、名義は私名義のまま変更されてなかった為に連絡がこちらににきてね。丁度すぐ近くで自殺未遂の疑いが濃厚のボート転覆事故が起きてて、それと関連性があるのではと、君の身元確認の問いあわせも来て、で、君の身元がすぐに分かったという訳なんだ。転覆した貸しボートを借りたのは、君本人だったと貸ボートの店員が証言しているし、一人でボートに乗り込んで相模之原湖に出ていった様子を多数の人が目撃してるそうだし、君単独で起こした事故で、事件ではないそうだ」
「そうだったのですか……」
「で、君の所持品と言ったら、あの駐車場に残された車だけで、バッグも何も持ってないし、車にも何も残されて無くて、私の所に連絡が入らなかったら、身元不明人になる所だったんだ」
聖愛はあの時の事を思い起こそうと考え込むように俯いて。それから顔を上げて、嶺司に問いかけた。
「所持品とか、湖に落ちた時に湖に落としてしまったのでしょうか?」
「一応ダイバーに頼んで調査されたようだが、全く何もでて来なかったらしい」
「じゃあ、何も持たないで私は相模之原湖まで行ったということでしょうか?」
「ちょっと気になる事があるのだが……」
嶺司が顎に手を置いて、難しい顔をした。
「気になる事?」
嶺司のその表情に、聖愛は気持ちが落ち着かないような、良くない事が何かあるのかと不安な気持ちになった。
「実は、あの事故の後、君名義の通帳からかなり高額のお金が下ろされてる事が分った。クレジットカードも使用されてる事が分かった。今は全て止めてあるから、使い込まれる心配はないが……。盗まれたのか? 何か犯罪に巻き込まれているのか? 気になる所なんだが……。今調査中で、詳細は分ってないが……」
聖愛は、とても心細い気持ちになった。
(第12話に続く)