泡沫(うたかた)の落日
第6話 甘く苦いあの記憶・2(嶺司SIDE)
「あの、もしかして……。藤城さんですか?」
真っ直ぐこちらを見据える好奇心旺盛な雰囲気の、透き通った茶色がかった大きな瞳が印象深い。遠目で見ても可愛いなと思ったけれど、至近距離だと魅力倍増益々可愛らしい子だ……。
「はい、藤城です。あなたが鷲尾聖愛さん?」
何、純情少年みたいにドキドキさせてるんだ!! 自分を心の中で思いっきり嘲笑し、嶺司は慌てて気持ちを落ち着かせた。
「はい。鷲尾です。どうも、初めまして! ああ……。良かった。すぐにお会い出来て……。お約束の時間に遅れない様にと早めに着くようにしたのですが、とても早く来すぎてしまって……。どうやって時間を潰そうかなと思っていたところでした」
聖愛はぴょこんと挨拶をしてにっこり笑った。
全くすれた所が無いような、ピュアで少し幼さの残るその仕草……。私の聞いたイメージとまるで違うなと嶺司は改めて感じた。服装だって、全体の雰囲気だって、聞いた話と全然違うじゃないか……。
「それは良かった。こちらこそ初めまして!私も遅刻しないようにと早めに家を出たら、早く来すぎてしまって……。鷲尾さんの家って、世田谷ですよね?ここまでは電車で?」
会って早々だが、嶺司がとても気になっていた事だ。
「あっ……。と、あの。実は、近くに同年齢の従姉妹が住んでまして……。昨日から泊まりでこっちの方に遊びに来てまして……」
「成る程、そうでしたか……。実は、うちから世田谷まではそれほど遠くないし、車でご一緒した方が楽なのになあって思ってましたので……」
そうなんだ。近所に従姉妹がいるのか……。わざわざ前日から泊まりに行くと言うのが、嶺司は微妙に気になった。鷲尾氏の話しのように、彼女が自分に熱をあげているようにはとても見えない。
「あ、はい。藤城さんとお会いする場所が相模之原と聞いて、従姉妹の家が近いし、そこから行けばここまですぐですし、遅刻もしないしと思いまして……。それに正直言いますと、あまり面識もないのに、いきなり藤城さんの車でご一緒するのは、私にはハードルが高いと言うか……。緊張しすぎてしまいそうで……」
あまり面識ない? ハードル高い? 緊張?? 警戒されてるのかな?嶺司は酷く微妙な心境になった。
「そう言えば、聖愛さんのお父様から、何処かのパーティーで私とお会いした事があるって聞いたのですが……。すみません。ちょっと覚えてなくて」
そもそも、鷲尾氏の言った話しは本当の事なのだろうか? 嶺司はふと疑問が起きた。
「覚えてなくて当然だと思います。実はお詫びしなくてはいけないのですが、パーティーでお見かけした事はありますが、藤城さんと直接お話しした事は一度も無くて、父の勘違いなんです。私が藤城さんをお見かけした時に、とても素敵な方だったという話しを父にしたら、藤城さんに余計な事を言って困らせてしまったみたいで……。本当にすみません」
「いえ。そんな事はいいですよ。こう言う機会がないと、休みも取らずに仕事にのめり込んでしまって……。今日は久しぶりに一日のんびり出来ますし」
パーティーでの話しは満更嘘と言う訳でもないのか……。微妙と言えば微妙だが……。
何事にも警戒心を抱き、ついつい人の心の裏側や物事の真理を見極めようと突き詰めようとしてしまう……。悪い癖かもな……。嶺司は純粋そうな彼女に、つまらない事は詮索するのはやめようと、一日のんびり羽根をのばそうと思った。
「はい。今日は一日宜しくお願いします」
「じゃあ中に入りましょうか?」
「はい」
無邪気な笑顔を向ける彼女に、嶺司はとても愛らしさを感じた。
* * * * *
ミュージアムの中は、照明ライトのトーンがかなリ押さえて薄暗く静かで落ち着いた雰囲気だった。アンティークドレスデンの置物が、クリプトン球のスポットライトを当られて幻想的に美しく浮かび上がっている。耳を澄ませば心地良い音楽が流れている事に気が付くような、小さな音量で、クリスタルな音源のオルゴールのBGMがさりげなく流れている。
中央メインホールには、何点ものバロック様式のハンドペイントの大きな花壺と絵皿が美しく飾られ、回廊風の通路の天井からはシャンデリアが転々と飾られ、キラキラとクリスタル特有の七色の輝きを放っている。
「うわぁ……。何て繊細で綺麗なんでしょう。本当に素敵……」
目をキラキラと輝かせて、展示室のウィンドーにくっつきそうなぐらい顔を近づけて、一つ一つじっくりと熱心に見る聖愛のその様子に、嶺司は、かなり好きなんだなと感じた。
「こう言ったものはお好きですか?」
「はい。私、磁器とか、ガラス工芸品とか、こう言ったものがとても好きなんです。美術館ではなくても、普通に食器屋さんで器を見るのも好きですし……。あ、趣味が渋いでしょうか?」
含羞みながら、苦笑いする聖愛。
「いやいや。すごく崇高な趣味をされてると思ますよ。私も好きで、白磁やガラス工芸品などいろいろ集めたりもしてますし……」
「えっ……。集めたりも?どういったものを?」
「バカリやドーマ、ガリ、マエセンなどの限定品やアンティーク物とか、古伊万里や九谷などの日本古来のアンティーク物等などもありますし……。色々と……。気に入るとついつい手に入れたくなってしまって、気が付けばガラクタが増えていたと言う感じなのですが……」
照れ笑いの嶺司に、聖愛が肩をすくめて、圧倒された驚きの表情を見せた。
「まあ!ガラクタだなんて!!やはり藤城さんは大企業のCEOだけあって、スケールが違いますね。私には1つでも、とてもとても手の届かない高嶺の花って言う感じなんですよ。ミュージアムやウィンドショッピングで、いつも見て楽しんでます。あ、でも、1点だけなのですが、マエセンの手書きのバラのティーカップソーサーを、コツコツ貯金して、頑張って手に入れました。私の宝物なんですが……」
「えっ」
鷲尾ウェルネスフーズの社長令嬢なら、自分の趣味の話しもガラクタ集めの道楽のような感覚で、さらっと聞き流すかと思っていた嶺司は、質素な庶民的な感覚を持っている彼女に、意外な驚きと親しみを感じた。
「あっ」
慌てて口を塞いで、失態してしまったと頬を赤らめる聖愛。
「なんか……。とても庶民的で、藤城さんとはつり合わない話しですよね」
「いえいえ……。そう言う聖愛さんに、とても親しみを感じますよ」
嶺司はやさしく微笑んだ。聖愛も嬉しくなって、にっこり微笑み返した。
「その、私の宝物のティーカップなんですが……。それでお茶を飲むと凄く美味しいんです。そんなに高い茶葉じゃないのに、なんか格別なお茶と言う味がして……。不思議ですよね。まるで魔法使いのカップなんじゃないかって気持ちになって来るような……」
「聖愛さんの話しを聞いているだけでも美味しそうな、格別なカップのような気がしてくるなぁ」
うふふ……。と嬉しそうに笑う聖愛。
「飲み物だけではなくてお料理も、素敵な器に盛りつけると、一段と美味しそうに見えますよね。色々な形の食器を見ていると、この器にはこんなお料理のこんな盛りつけ方が似合うかしら?とか、あれこれイメージが浮かんできて、とても楽しい気持ちになって来たりします」
身振り手振りのジェスチャーも交えて、時々何かを思い出す様に中空に目をやり、とても楽しげに話す聖愛。
「聖愛さんはお料理も色々されるのですか?」
「あ、はい、腕前は別として……。好きで色々なものを作ります」
「それは一度ご馳走してもらいたいな」
それには笑って誤魔化す聖愛。
こんな子がいつも側に居てくれたら、楽しくて心が温まって幸せかもしれないな……。漠然とだが、嶺司はそんな事をふと思った。
(第7話に続く)
真っ直ぐこちらを見据える好奇心旺盛な雰囲気の、透き通った茶色がかった大きな瞳が印象深い。遠目で見ても可愛いなと思ったけれど、至近距離だと魅力倍増益々可愛らしい子だ……。
「はい、藤城です。あなたが鷲尾聖愛さん?」
何、純情少年みたいにドキドキさせてるんだ!! 自分を心の中で思いっきり嘲笑し、嶺司は慌てて気持ちを落ち着かせた。
「はい。鷲尾です。どうも、初めまして! ああ……。良かった。すぐにお会い出来て……。お約束の時間に遅れない様にと早めに着くようにしたのですが、とても早く来すぎてしまって……。どうやって時間を潰そうかなと思っていたところでした」
聖愛はぴょこんと挨拶をしてにっこり笑った。
全くすれた所が無いような、ピュアで少し幼さの残るその仕草……。私の聞いたイメージとまるで違うなと嶺司は改めて感じた。服装だって、全体の雰囲気だって、聞いた話と全然違うじゃないか……。
「それは良かった。こちらこそ初めまして!私も遅刻しないようにと早めに家を出たら、早く来すぎてしまって……。鷲尾さんの家って、世田谷ですよね?ここまでは電車で?」
会って早々だが、嶺司がとても気になっていた事だ。
「あっ……。と、あの。実は、近くに同年齢の従姉妹が住んでまして……。昨日から泊まりでこっちの方に遊びに来てまして……」
「成る程、そうでしたか……。実は、うちから世田谷まではそれほど遠くないし、車でご一緒した方が楽なのになあって思ってましたので……」
そうなんだ。近所に従姉妹がいるのか……。わざわざ前日から泊まりに行くと言うのが、嶺司は微妙に気になった。鷲尾氏の話しのように、彼女が自分に熱をあげているようにはとても見えない。
「あ、はい。藤城さんとお会いする場所が相模之原と聞いて、従姉妹の家が近いし、そこから行けばここまですぐですし、遅刻もしないしと思いまして……。それに正直言いますと、あまり面識もないのに、いきなり藤城さんの車でご一緒するのは、私にはハードルが高いと言うか……。緊張しすぎてしまいそうで……」
あまり面識ない? ハードル高い? 緊張?? 警戒されてるのかな?嶺司は酷く微妙な心境になった。
「そう言えば、聖愛さんのお父様から、何処かのパーティーで私とお会いした事があるって聞いたのですが……。すみません。ちょっと覚えてなくて」
そもそも、鷲尾氏の言った話しは本当の事なのだろうか? 嶺司はふと疑問が起きた。
「覚えてなくて当然だと思います。実はお詫びしなくてはいけないのですが、パーティーでお見かけした事はありますが、藤城さんと直接お話しした事は一度も無くて、父の勘違いなんです。私が藤城さんをお見かけした時に、とても素敵な方だったという話しを父にしたら、藤城さんに余計な事を言って困らせてしまったみたいで……。本当にすみません」
「いえ。そんな事はいいですよ。こう言う機会がないと、休みも取らずに仕事にのめり込んでしまって……。今日は久しぶりに一日のんびり出来ますし」
パーティーでの話しは満更嘘と言う訳でもないのか……。微妙と言えば微妙だが……。
何事にも警戒心を抱き、ついつい人の心の裏側や物事の真理を見極めようと突き詰めようとしてしまう……。悪い癖かもな……。嶺司は純粋そうな彼女に、つまらない事は詮索するのはやめようと、一日のんびり羽根をのばそうと思った。
「はい。今日は一日宜しくお願いします」
「じゃあ中に入りましょうか?」
「はい」
無邪気な笑顔を向ける彼女に、嶺司はとても愛らしさを感じた。
* * * * *
ミュージアムの中は、照明ライトのトーンがかなリ押さえて薄暗く静かで落ち着いた雰囲気だった。アンティークドレスデンの置物が、クリプトン球のスポットライトを当られて幻想的に美しく浮かび上がっている。耳を澄ませば心地良い音楽が流れている事に気が付くような、小さな音量で、クリスタルな音源のオルゴールのBGMがさりげなく流れている。
中央メインホールには、何点ものバロック様式のハンドペイントの大きな花壺と絵皿が美しく飾られ、回廊風の通路の天井からはシャンデリアが転々と飾られ、キラキラとクリスタル特有の七色の輝きを放っている。
「うわぁ……。何て繊細で綺麗なんでしょう。本当に素敵……」
目をキラキラと輝かせて、展示室のウィンドーにくっつきそうなぐらい顔を近づけて、一つ一つじっくりと熱心に見る聖愛のその様子に、嶺司は、かなり好きなんだなと感じた。
「こう言ったものはお好きですか?」
「はい。私、磁器とか、ガラス工芸品とか、こう言ったものがとても好きなんです。美術館ではなくても、普通に食器屋さんで器を見るのも好きですし……。あ、趣味が渋いでしょうか?」
含羞みながら、苦笑いする聖愛。
「いやいや。すごく崇高な趣味をされてると思ますよ。私も好きで、白磁やガラス工芸品などいろいろ集めたりもしてますし……」
「えっ……。集めたりも?どういったものを?」
「バカリやドーマ、ガリ、マエセンなどの限定品やアンティーク物とか、古伊万里や九谷などの日本古来のアンティーク物等などもありますし……。色々と……。気に入るとついつい手に入れたくなってしまって、気が付けばガラクタが増えていたと言う感じなのですが……」
照れ笑いの嶺司に、聖愛が肩をすくめて、圧倒された驚きの表情を見せた。
「まあ!ガラクタだなんて!!やはり藤城さんは大企業のCEOだけあって、スケールが違いますね。私には1つでも、とてもとても手の届かない高嶺の花って言う感じなんですよ。ミュージアムやウィンドショッピングで、いつも見て楽しんでます。あ、でも、1点だけなのですが、マエセンの手書きのバラのティーカップソーサーを、コツコツ貯金して、頑張って手に入れました。私の宝物なんですが……」
「えっ」
鷲尾ウェルネスフーズの社長令嬢なら、自分の趣味の話しもガラクタ集めの道楽のような感覚で、さらっと聞き流すかと思っていた嶺司は、質素な庶民的な感覚を持っている彼女に、意外な驚きと親しみを感じた。
「あっ」
慌てて口を塞いで、失態してしまったと頬を赤らめる聖愛。
「なんか……。とても庶民的で、藤城さんとはつり合わない話しですよね」
「いえいえ……。そう言う聖愛さんに、とても親しみを感じますよ」
嶺司はやさしく微笑んだ。聖愛も嬉しくなって、にっこり微笑み返した。
「その、私の宝物のティーカップなんですが……。それでお茶を飲むと凄く美味しいんです。そんなに高い茶葉じゃないのに、なんか格別なお茶と言う味がして……。不思議ですよね。まるで魔法使いのカップなんじゃないかって気持ちになって来るような……」
「聖愛さんの話しを聞いているだけでも美味しそうな、格別なカップのような気がしてくるなぁ」
うふふ……。と嬉しそうに笑う聖愛。
「飲み物だけではなくてお料理も、素敵な器に盛りつけると、一段と美味しそうに見えますよね。色々な形の食器を見ていると、この器にはこんなお料理のこんな盛りつけ方が似合うかしら?とか、あれこれイメージが浮かんできて、とても楽しい気持ちになって来たりします」
身振り手振りのジェスチャーも交えて、時々何かを思い出す様に中空に目をやり、とても楽しげに話す聖愛。
「聖愛さんはお料理も色々されるのですか?」
「あ、はい、腕前は別として……。好きで色々なものを作ります」
「それは一度ご馳走してもらいたいな」
それには笑って誤魔化す聖愛。
こんな子がいつも側に居てくれたら、楽しくて心が温まって幸せかもしれないな……。漠然とだが、嶺司はそんな事をふと思った。
(第7話に続く)