泡沫(うたかた)の落日
第7話 甘く苦いあの記憶・3(嶺司SIDE)
「そろそろお腹が空きませんか?」
あれからかなり時間をかけて館内の展示物を見て回った。それでもまだまだ全展示物の半分ほどにしか達してないが……。嶺司が腕時計を見ると、午後の1時を過ぎていた。
「そう言えば……。いつの間にかお昼をかなリ過ぎていたのですね」
肩に下げていたショルダーバッグから携帯を取り出して、聖愛も時間を確認した。
それは、白いスライド式のイルミネーション携帯で、きらきらと淡い虹色の柔らかなパターンを描きながらキーボタンが点滅していた。薄暗い館内の中ではちょっと目を引く。若い子にしては、今流行りのスマホでは無いのが印象的。その携帯に何やら不思議なキャラのストラップが下がっていた。
「聖愛さんの携帯のストラップ……」
その見た事もないキャラに嶺司が興味を引いた。
「ああ……。これですか?今流行りの”ご当地ゆるキャラ”ってありますよね?これ、相模之原湖に生息すると言われている伝説の謎の生物と言われてる『さがみのっしー』なんです。人造湖に謎の生物はいないだろう!!って突っ込みを入れたくなりますけど、キャラが可愛いので下げてます」
あはっ……。と戯けながら聖愛が笑いながらストラップを手に持って見せた。
「色々なバージョンの”さがみのっしー”があるのですが、これが一番可愛いかなって気に入ってます」
見れば首長竜のようなそうでないような、不思議なキャラがぶら下がっている。その首長竜もどきが茶わんと箸を持って、戯けた顔で笑ってるポーズをとっている。
「これ『おちゃめっしー』って言うんですよ。『お茶目+さがみのっしー』で『おちゃめっしー』だから『お茶飯』ってダジャレから、お茶飯を食べている姿らしいです。小さくて分かり辛いのですが、茶わんの中を覗いたらお茶飯が入ってるの分かりますか?」
言われてみて、嶺司は”さがみのっしー”の手びれが持っている小さな茶わんの中を目を凝らして見たら、薄いお茶色のご飯らしきものが入っていた。
「この明らかに凍えそうな寒いギャグが私のツボに見事に嵌ってしまって……。あ、そんな私が寒いですよね?でも、密かなブームを呼んでる物なんですよ」
首を竦めて戯けるような顔をして笑う聖愛。聖愛の笑に釣られるように、嶺司も微笑んだ。ゆるキャラグッズに嵌る聖愛の意外な一面に、なんとも言えぬ親しみを感じる。
「何と言うかな……。聖愛さんって、ユーモアのある人と言うか、親しみの湧く可愛らしい人ですね」
「えっ?!」
「あっと、ストラップにして携帯に下げてみたいって言うか……」
「こうやってですか?」
聖愛が自分の洋服の襟首を引っ張って、吊るされたポーズをしたので、可笑しくて嶺司は大爆笑した。
大爆笑する嶺司に聖愛が「そんなに可笑しかったですか?」と言いながら、苦笑気味に笑った。
「あ、お昼はミュージアムの中のレストランでいいかな?」
「あ、はい」
嶺司は自然に聖愛と手を繋いで少し歩みを速めた。聖愛は一瞬驚いた表情をしたが、手を引っ込めるでも無く繋がれるまま少し含羞んで目を伏せがちになりながら、懸命に嶺司にくっついて歩みを進めた。
ミュージアム内にあるレストランは評判も良く、ここに食事だけしに訪れる人も多い。カジュアルなフレンチレストランで、天気の良い日にはデッキテラスで、きらきらと輝く湖水に鮮やかな緑の山々の見事な眺望を見ながらお食事を楽しむ事が出来る。
オススメのメニューは昼時なら、シェフおすすめのおまかせランチコース、お魚コースとお肉コースがあり、お値段もお手ごろだ。
「今日のお肉料理は、若鳥のグリル フレッシュトマトバルサミコソースか……。私はこれで……。聖愛さんは?」
「じゃあ私はお魚コースにします。メインのスズキのステーキ トマトソースの付け合わせのトマトグラタンが凄く気になります」
「メインディッシュじゃなくて、付け合わせに目が行くの?」
嶺司が目を点にして笑いながら言った。
「あ……。もちろんメインも気になりますが、私のお料理の付け合わせのレパートリーの数を増やしたいなって、今、研究中なんです。それで外食の時にはアイデアと味を盗もうっていつも野望を抱いてます」
「ははは……。スパイのようだね」
席に着いた二人は、メニューを見ながら、あれこれとお喋りに花を咲かせる。(こんな可愛らしい人がいつも側にいてくれたら、楽しい毎日を過ごせそうだ……)嶺司はふとそう思った。
レストランで食事をした後は、隣のミュージアムショップに寄ってみる。有名なメーカーの磁器や、限定品のアクセサリーもある。
嶺司は今日の記念に、何か彼女にプレゼントしたいとふと思った。今、聖愛は、店の入り口付近の陳列棚の、小さな陶器の小物入れを熱心に見ていて、全くこっちに気が付いていない。その隙に嶺司は、彼女の大好きなティーカップと同じメーカーのマエセンの陶器で出来た可愛らしいバラのモチーフのペンダントトップに小粒のダイヤの埋め込まれたデザインバチカンの付いた、小粒のガーネットの2連チェーンのネックレスを注文した。とても清楚で可憐なデザインで、彼女にピッタリな気がした。
「お会計は55万円です」
「これで……」
嶺司が、ブラックカードを店員に渡し、店員から渡されたレシートに、サラサラとサインした。
「ありがとうございました」
店員がジュエリーケースに入れ、それを化粧箱に入れ綺麗にラッピングし、マエセンのロゴの付いた小ぶりの上質な紙のペーパーバッグに入れ、丁寧に品物を嶺司に渡す。
ちょうどお会計が澄んだ頃に、聖愛が嶺司の所に戻って来た。
「何かお買い物をされたのですか?」
「ああ。ちょっとね」
「私はウィンドショッピングだけにしておきます。どれもお高くて、私にはとてもとても……。でも、見てるだけで幸せな気分に浸れるので楽しいです」
嶺司の買った品物にはさほど気にせず、聖愛は嬉しそうにニコニコしながら目を輝かせて店内を見回していた。
それから、ランチ前に回れなかった残りの展示物をゆっくり回り、その後、綺麗に整備された庭園を散歩して、ゆったりと楽しい時間を過ごした。
今日初めて会った人とは思えないような、前からずっと一緒に時間を過ごして来た様に、自然な雰囲気で手を繋いで、笑い合って、語りあった……。
楽しい時はあっという間に過ぎ……。その後、ちょっとした仕事関係でのトラブルの電話が入って来て、嶺司は急遽東京に戻らなくてはならなくなり、夕食を一緒する事が出来ずに、帰る事となった。
「本当にすみません。夕食もご一緒にと思っていたのに慌ただしく戻る事になってしまって……」
嶺司は名残惜しい感じに申し訳無さそうな顔をした。
二人は、相模之原湖とポルセイレンミュージアムの共有の駐車場で、別れの挨拶を交わしている所だ。
「いえいえ。今日は一日ゆっくりとミュージアムを回ったり、庭園を散歩したり、本当に楽しい一日でした。それからお昼をご馳走になってしまって、すみませんでした。今日一日、本当にありがとうございます」
聖愛は嫌な顏一つせずに、ニコニコと笑いながらペコリと頭を下げた。
「また是非、ご一緒してくれますか?」
(また会ってくれるだろうか?また会いたい……。)ドキドキしながら、長い間忘れてしまっていた少年のような心の時めきと、次に会って貰えると言うその答えを聞くまでは不安でたまらないような、微かな脅えのような気持ちで、嶺司は言った。
「はい。またこちらこそよろしくお願いします」
望んでたその答えに、嶺司の心は喜びと幸せに満たされた。
「あ……。これ、宜しければ……。今日一日お世話になったお礼に」
重苦しく無いように、さりげなく嶺司はあのマエセンのペンダントの入ったペーパーバッグを聖愛に手渡そうとした。
「えっ……。そんな、私の方が色々とお世話になったのに……」
胸元で両手を小さく横にふって、とても申し訳無さそうな聖愛。
「そんな重く考えないで、気軽に考えて!」
どうしたらいいのだろうか?と暫くその場で固まっていたが、受け取らないのも失礼だと思った様子で、おずおずと聖愛はあのペーパーバッグを受け取り、何度も頭を下げた。
「じゃぁ……。お言葉に甘えて……。本当にすみません。ありがとうございます。私も今度、何かお礼をさせて下さい」
「そんな事は気にしなくていいので、またご一緒して下さいね」
「はい。是非お願いします」
* * * * *
嶺司はハッと現実に引き戻された。何であの時の記憶が今頃になって、急に呼び起こされたのだろうか……。
「お食事が済んだようですので、食後のコーヒーをお持ちしました。ミルク多めがよろしいとの事でしたので、ミルクをホイッパーで泡立てて、カフェラテにしてみましたが、よろしいですか?」
「ああ……」
キッチンから聖愛がトレーにコーヒーを乗せて戻って来た。
『そうだ、これだ!!』と嶺司は思った。『今目の前にいるのは、あの時の聖愛だ……』2度目に会った時から少し違和感を感じ始めたが、初めて会った時の聖愛に惚れ込んでしまって、盲目となってしまった愚かな私は、そのまま数回会っただけで結婚ヘと走ってしまったのだった。
あの嘘つき女は結婚後に、貴方の心を射止める為に嘘をついていたんだと言った。陶磁器や硝子なんて辛気臭いものに全く興味が無いし、価値も見いださないと!!あの時のペンダントはすぐに捨ててしまったとも吐き捨てるように言った。あんな野暮ったいものを贈るのなら、宝石とか貴金属とかもう少しましな物にして欲しい!!貴方のセンスの無さに呆れ果てるとも言ってたな……。
「これ、横浜焼ですよね? 日本らしい独特の味わいある絵柄がとても美しいですね」
まるで今まで自分が吐き捨てた毒の事など何も無かった様な無邪気な顔をして、自分の入れたコーヒーのカップを愛おしそうな顔で見ながら、聖愛はコーヒーを嶺司の前に置いた。
そんな聖愛に憎悪と嫌悪の気持ちが増長して、嶺司はコーヒーカップを手で叩き落とした。大きな割れる音がして、コーヒーと陶器の割れた破片が床に飛び散った。
聖愛は悲鳴を上げて驚きと脅えの表情をして固まっている。嶺司はざまあみろと言う表情をして、席を立ち、自室へと去って行った。
(第8話に続く)
あれからかなり時間をかけて館内の展示物を見て回った。それでもまだまだ全展示物の半分ほどにしか達してないが……。嶺司が腕時計を見ると、午後の1時を過ぎていた。
「そう言えば……。いつの間にかお昼をかなリ過ぎていたのですね」
肩に下げていたショルダーバッグから携帯を取り出して、聖愛も時間を確認した。
それは、白いスライド式のイルミネーション携帯で、きらきらと淡い虹色の柔らかなパターンを描きながらキーボタンが点滅していた。薄暗い館内の中ではちょっと目を引く。若い子にしては、今流行りのスマホでは無いのが印象的。その携帯に何やら不思議なキャラのストラップが下がっていた。
「聖愛さんの携帯のストラップ……」
その見た事もないキャラに嶺司が興味を引いた。
「ああ……。これですか?今流行りの”ご当地ゆるキャラ”ってありますよね?これ、相模之原湖に生息すると言われている伝説の謎の生物と言われてる『さがみのっしー』なんです。人造湖に謎の生物はいないだろう!!って突っ込みを入れたくなりますけど、キャラが可愛いので下げてます」
あはっ……。と戯けながら聖愛が笑いながらストラップを手に持って見せた。
「色々なバージョンの”さがみのっしー”があるのですが、これが一番可愛いかなって気に入ってます」
見れば首長竜のようなそうでないような、不思議なキャラがぶら下がっている。その首長竜もどきが茶わんと箸を持って、戯けた顔で笑ってるポーズをとっている。
「これ『おちゃめっしー』って言うんですよ。『お茶目+さがみのっしー』で『おちゃめっしー』だから『お茶飯』ってダジャレから、お茶飯を食べている姿らしいです。小さくて分かり辛いのですが、茶わんの中を覗いたらお茶飯が入ってるの分かりますか?」
言われてみて、嶺司は”さがみのっしー”の手びれが持っている小さな茶わんの中を目を凝らして見たら、薄いお茶色のご飯らしきものが入っていた。
「この明らかに凍えそうな寒いギャグが私のツボに見事に嵌ってしまって……。あ、そんな私が寒いですよね?でも、密かなブームを呼んでる物なんですよ」
首を竦めて戯けるような顔をして笑う聖愛。聖愛の笑に釣られるように、嶺司も微笑んだ。ゆるキャラグッズに嵌る聖愛の意外な一面に、なんとも言えぬ親しみを感じる。
「何と言うかな……。聖愛さんって、ユーモアのある人と言うか、親しみの湧く可愛らしい人ですね」
「えっ?!」
「あっと、ストラップにして携帯に下げてみたいって言うか……」
「こうやってですか?」
聖愛が自分の洋服の襟首を引っ張って、吊るされたポーズをしたので、可笑しくて嶺司は大爆笑した。
大爆笑する嶺司に聖愛が「そんなに可笑しかったですか?」と言いながら、苦笑気味に笑った。
「あ、お昼はミュージアムの中のレストランでいいかな?」
「あ、はい」
嶺司は自然に聖愛と手を繋いで少し歩みを速めた。聖愛は一瞬驚いた表情をしたが、手を引っ込めるでも無く繋がれるまま少し含羞んで目を伏せがちになりながら、懸命に嶺司にくっついて歩みを進めた。
ミュージアム内にあるレストランは評判も良く、ここに食事だけしに訪れる人も多い。カジュアルなフレンチレストランで、天気の良い日にはデッキテラスで、きらきらと輝く湖水に鮮やかな緑の山々の見事な眺望を見ながらお食事を楽しむ事が出来る。
オススメのメニューは昼時なら、シェフおすすめのおまかせランチコース、お魚コースとお肉コースがあり、お値段もお手ごろだ。
「今日のお肉料理は、若鳥のグリル フレッシュトマトバルサミコソースか……。私はこれで……。聖愛さんは?」
「じゃあ私はお魚コースにします。メインのスズキのステーキ トマトソースの付け合わせのトマトグラタンが凄く気になります」
「メインディッシュじゃなくて、付け合わせに目が行くの?」
嶺司が目を点にして笑いながら言った。
「あ……。もちろんメインも気になりますが、私のお料理の付け合わせのレパートリーの数を増やしたいなって、今、研究中なんです。それで外食の時にはアイデアと味を盗もうっていつも野望を抱いてます」
「ははは……。スパイのようだね」
席に着いた二人は、メニューを見ながら、あれこれとお喋りに花を咲かせる。(こんな可愛らしい人がいつも側にいてくれたら、楽しい毎日を過ごせそうだ……)嶺司はふとそう思った。
レストランで食事をした後は、隣のミュージアムショップに寄ってみる。有名なメーカーの磁器や、限定品のアクセサリーもある。
嶺司は今日の記念に、何か彼女にプレゼントしたいとふと思った。今、聖愛は、店の入り口付近の陳列棚の、小さな陶器の小物入れを熱心に見ていて、全くこっちに気が付いていない。その隙に嶺司は、彼女の大好きなティーカップと同じメーカーのマエセンの陶器で出来た可愛らしいバラのモチーフのペンダントトップに小粒のダイヤの埋め込まれたデザインバチカンの付いた、小粒のガーネットの2連チェーンのネックレスを注文した。とても清楚で可憐なデザインで、彼女にピッタリな気がした。
「お会計は55万円です」
「これで……」
嶺司が、ブラックカードを店員に渡し、店員から渡されたレシートに、サラサラとサインした。
「ありがとうございました」
店員がジュエリーケースに入れ、それを化粧箱に入れ綺麗にラッピングし、マエセンのロゴの付いた小ぶりの上質な紙のペーパーバッグに入れ、丁寧に品物を嶺司に渡す。
ちょうどお会計が澄んだ頃に、聖愛が嶺司の所に戻って来た。
「何かお買い物をされたのですか?」
「ああ。ちょっとね」
「私はウィンドショッピングだけにしておきます。どれもお高くて、私にはとてもとても……。でも、見てるだけで幸せな気分に浸れるので楽しいです」
嶺司の買った品物にはさほど気にせず、聖愛は嬉しそうにニコニコしながら目を輝かせて店内を見回していた。
それから、ランチ前に回れなかった残りの展示物をゆっくり回り、その後、綺麗に整備された庭園を散歩して、ゆったりと楽しい時間を過ごした。
今日初めて会った人とは思えないような、前からずっと一緒に時間を過ごして来た様に、自然な雰囲気で手を繋いで、笑い合って、語りあった……。
楽しい時はあっという間に過ぎ……。その後、ちょっとした仕事関係でのトラブルの電話が入って来て、嶺司は急遽東京に戻らなくてはならなくなり、夕食を一緒する事が出来ずに、帰る事となった。
「本当にすみません。夕食もご一緒にと思っていたのに慌ただしく戻る事になってしまって……」
嶺司は名残惜しい感じに申し訳無さそうな顔をした。
二人は、相模之原湖とポルセイレンミュージアムの共有の駐車場で、別れの挨拶を交わしている所だ。
「いえいえ。今日は一日ゆっくりとミュージアムを回ったり、庭園を散歩したり、本当に楽しい一日でした。それからお昼をご馳走になってしまって、すみませんでした。今日一日、本当にありがとうございます」
聖愛は嫌な顏一つせずに、ニコニコと笑いながらペコリと頭を下げた。
「また是非、ご一緒してくれますか?」
(また会ってくれるだろうか?また会いたい……。)ドキドキしながら、長い間忘れてしまっていた少年のような心の時めきと、次に会って貰えると言うその答えを聞くまでは不安でたまらないような、微かな脅えのような気持ちで、嶺司は言った。
「はい。またこちらこそよろしくお願いします」
望んでたその答えに、嶺司の心は喜びと幸せに満たされた。
「あ……。これ、宜しければ……。今日一日お世話になったお礼に」
重苦しく無いように、さりげなく嶺司はあのマエセンのペンダントの入ったペーパーバッグを聖愛に手渡そうとした。
「えっ……。そんな、私の方が色々とお世話になったのに……」
胸元で両手を小さく横にふって、とても申し訳無さそうな聖愛。
「そんな重く考えないで、気軽に考えて!」
どうしたらいいのだろうか?と暫くその場で固まっていたが、受け取らないのも失礼だと思った様子で、おずおずと聖愛はあのペーパーバッグを受け取り、何度も頭を下げた。
「じゃぁ……。お言葉に甘えて……。本当にすみません。ありがとうございます。私も今度、何かお礼をさせて下さい」
「そんな事は気にしなくていいので、またご一緒して下さいね」
「はい。是非お願いします」
* * * * *
嶺司はハッと現実に引き戻された。何であの時の記憶が今頃になって、急に呼び起こされたのだろうか……。
「お食事が済んだようですので、食後のコーヒーをお持ちしました。ミルク多めがよろしいとの事でしたので、ミルクをホイッパーで泡立てて、カフェラテにしてみましたが、よろしいですか?」
「ああ……」
キッチンから聖愛がトレーにコーヒーを乗せて戻って来た。
『そうだ、これだ!!』と嶺司は思った。『今目の前にいるのは、あの時の聖愛だ……』2度目に会った時から少し違和感を感じ始めたが、初めて会った時の聖愛に惚れ込んでしまって、盲目となってしまった愚かな私は、そのまま数回会っただけで結婚ヘと走ってしまったのだった。
あの嘘つき女は結婚後に、貴方の心を射止める為に嘘をついていたんだと言った。陶磁器や硝子なんて辛気臭いものに全く興味が無いし、価値も見いださないと!!あの時のペンダントはすぐに捨ててしまったとも吐き捨てるように言った。あんな野暮ったいものを贈るのなら、宝石とか貴金属とかもう少しましな物にして欲しい!!貴方のセンスの無さに呆れ果てるとも言ってたな……。
「これ、横浜焼ですよね? 日本らしい独特の味わいある絵柄がとても美しいですね」
まるで今まで自分が吐き捨てた毒の事など何も無かった様な無邪気な顔をして、自分の入れたコーヒーのカップを愛おしそうな顔で見ながら、聖愛はコーヒーを嶺司の前に置いた。
そんな聖愛に憎悪と嫌悪の気持ちが増長して、嶺司はコーヒーカップを手で叩き落とした。大きな割れる音がして、コーヒーと陶器の割れた破片が床に飛び散った。
聖愛は悲鳴を上げて驚きと脅えの表情をして固まっている。嶺司はざまあみろと言う表情をして、席を立ち、自室へと去って行った。
(第8話に続く)