今夜 君をさらいにいく【完】
馬鹿な事を言ってるのはわかっている。
それでも私はあのままじゃ納得いかなかった。
外は雨が降っていた。風も強く、雨が体に当たると寒さが増す。
私達は無言のまま傘を差して歩き出した。
桜井さんのお店のシフトは携帯サイトで確認済みだった。店の住所も昨夜ネットで調べたのでわかっている。
今はまだ19時過ぎ。お店は20時からなのでその前にお店の近くに行けばきっと会えるだろう。
「ここよ」
私達は7階建ての雑居ビルの入口で立ち止まった。
“PEACH” 入口の大きな看板にそう表記されている。ピンクのいかにも厭らしそうな看板で、女の子が何人かセクシーなポーズで映っている。お店は5階にあるらしい。
「やっぱり帰ろう。こんな事して何になるんだよ恵理香」
玲人が哀れみの目で私を見る。
「私は玲人に真実を知ってほしいだけ」
その時、一組のカップルが近づいてきた。
仲良さそうに一つの傘を差し、寄り添いながら歩いてくる二人。
彼の方は彼女を雨に濡れさすまいと肩をしっかりと抱き寄せている。
「雨強くなる前にお店に来れてよかったね」
「はい、飯田さんが傘持っていたので助かりました」
その声は紛れもなく桜井安奈の声だった。
玲人を見ると、こちらに向かってくるカップルを食い入るように見つめていた。