今夜 君をさらいにいく【完】
迷い・・・そして。
この広いエントランスの人混みの中でも、いち早く彼の姿を見つけることができる。
私の唯一の得意技だ。
入社したての頃、こうやってこっそり見つめては目が合うようにと眼力を送っていた。
あの頃が懐かしいな。
今じゃ会わないように、出勤時間もずらしているというのに。
しかし今日はどうやら同じエレベーターに乗らなくてはいけなくなりそうだ。まだ二人きりじゃないだけマシだけど。
前方にいる黒崎さんの後ろ姿を見ながら、私は見つからないように人ごみに紛れてエレベーターの中に入った。
7人ほど乗せたエレベーターは上昇し、3階で止まった。すると、さらに5.6人ほど乗り込んできて、私は奥の方へと押し込まれた。
毎朝の事だが、今日はいつもよりギュウギュウ詰めだ。
加齢臭とキツイ香水の香りで具合が悪くなりそう・・・
やっぱりもう少し早く家を出ればよかった。
その時、誰かが私の腕を掴み、壁際に引っ張ってくれた。
おかげで苦しさは一気になくなったのだが。
大好きだったあの香りが鼻をかすめる。
私はゆっくりと顔を上げた。