今夜 君をさらいにいく【完】
私の顔を見るなり、緊張した面持ちで軽く会釈してきた。
最近は客の顔を見ただけで、初めてなのか来慣れてるのかがわかるようになってきた。
笑顔がひきつっている。きっとこの人はこういうお店が初めてなんだと思う。
「初めましてサナですっ」
客の隣に座り、名刺入れから一枚取り出して差し出した。
「飯田です・・・」
こういう時、大抵のお客さんは本名を名乗ってくれるが、たまに偽名を言ってくる人もいる。別にそんな事はどうでもいいが。
飯田さんは私から遠慮がちに名刺を受取るとテーブルの上にあった焼酎を一口飲んだ。
「こういうお店は初めてですか?」
減っていたグラスに焼酎を注ぎ足しながら飯田さんに問いかけると、笑顔を見せた。
硬くなっていた笑顔が徐々に和らいでいく。
「はい、ちょっと会社の奴らに連れて来られて。さっきラブハントっていう雑誌見ました、すごく綺麗でしたね」
「あ、そうなんですか!?」
いくら眼中にない人でも褒められると嬉しいものだ。
「サナさん、人気あるでしょう?かわいいから・・・」
「いえいえ、そんな事ないです」
屈託のない笑顔を見せる彼に、私は優しく微笑んだ。