今夜 君をさらいにいく【完】
2人の距離
飯田さんはあれから何度かうちの店に来てくれた。
彼はとても紳士的な人だ。
同伴の時、ふとそう思う事が多々ある。お店に入る時ドアを開けてくれたり、座る時に椅子を引いてくれたり。車道側を歩いてくれたり。
キスをする時も他のお客様とは違う。
そっと優しく、壊れ物を扱うかのようなキスだ。飯田さんはただ自分の欲求を満たすだけではなく、いつも私の性感帯を確かめながら触ってくる。
メールだって気を使っているのか、しつこく送ってきたりはしない。
だからいつかは言われるんじゃないかとは思っていた。
「サナちゃん、そろそろ本名教えてほしいんだけど・・・」
飯田さんはチキンとハムのテリーヌを綺麗に切り分けながら言った。
視線はお皿に。表情は穏やかだった。
「・・・絶対に教えなきゃだめですか・・・?」
私がそう言うと、飯田さんは顔を上げて笑った。
「俺は君を本当の名前で呼びたいんだ。せめてお店の外で会っている時ぐらいはね」
飯田さんとは同伴以外、外で会った事がない。お店には幾度となく足を運んでくれて、私を口説いてきたが、その度に私は曖昧な返事を返してきた。