宮都桜子溺愛日記
第一章 ときめき
宮都桜子のときめき
ああ、保和君が私の後ろにいる。
私はなんとも言えぬときめきを高鳴る心臓の音で感じながら登校していた。
後ろを歩いているのは掬瀬保和君。背は私より幾分か大きいが男子の平均に例えれば普通より少し下。少し長くなった前髪は真ん中で分けられ、眼鏡のフレームにかかっていた。
私は家を7時40分に出発し、歩くのが私より二倍ほどいつも速い保和君は私の方が早くに歩いていたのに7時43分現在、このように追い付いてしまった。
そんな数学の問題ような事を考えていると肩にポンと手を置かれた。
「ひゃぁっ」
思わず小さいながら声をあげてしまった。
「おはよう宮都さん」
悪戯な笑顔を見せてそう保和君は言った。
「お、おはよう……ございます」
顔を直視できずに少し逸らして私も挨拶をした。
「なぜそらす。毎日同じような時間に出るからちょうど一緒に登校できるね!」
保和君は私の肩から手を離すと言った。
「うん、そうだね」
「嬉しい?」
保和君はにやっとしていった。
「さあどうだか」
「あら残念」
また強がったような言い方をしてしまった。
「俺は宮都さんと登校できてかなり嬉しいけどなー」
保和君は前を向いていった。
不覚。
鼓動はさらに大きく波をたてるように跳ね上がった。
「変なこと言わないでよ」
「変だなんてひどいな」
保和君は笑いながらいった。そんな姿をチラチラと見てしまう。
会話が途切れる。歩く時にする砂利の定期的な音とたまにする咳払いの音だけが耳にはいる。
保和君の影を見つめながらあるく。鼻を擦ってみたり、眼鏡を指であげてみたり。
そのなにもかもいとおしく感じる。
「ねぇ」
私はふと声をかけた。なにかというわけでもなくなんとなく。そしてかえってきた声。
「なに桜子ちゃ、じゃなくて宮都さん」
「え」
今、名字で呼んでいた保和君が私を名前で桜子と呼んだ。
「あの、いや、ごめん」
苦笑いしながらそういった保和君はどこか照れたようだった。
「つい、ちゃん付けで呼びたくなっちゃって」
「あ、え……うん」
私は下を向いて黙り込んだ。保和君もなにも言わなくなる。
不意に横を向いて風にながれる草をみたり、小さな体を風に乗せて飛ぶ鳥をみたり。
ここで私は口を開いた。
「名前で……呼んで?」
「え」
ハッとしたように目を開いてこちらをみる保和君。
「呼んでほしいかな、って。嫌ならいいよ」