純愛短編集(完)

『引っ越し』

少女は両手に荷物を持って、横断歩道の前に佇んでいた。

「お、重い…いや、早く帰ってご飯作らないと!!」



少女の母は仕事先で怪我をした。

箱を抱えて階段を下りていた少女の母。

その後ろに、箱を抱えずに蹴って運んでいる男の人がいた。

少女の母を避けるように方向転換を試みた男の人。

しかし、階段で落ちたその箱の行き先には…少女の母がいた。

少女の母の体、悪く言えば「いつ死ぬか分からない」だが、軽く言えば「別にどこも悪くない」である。

自分の家族を心配する者が、「別にどこも悪くない」と思えるだろうか。

答えは「思えない」だ。

それに少女の母は今、右腕が使えない。

その“事実”が有る限り、少女の家族(少女と少女の母以外には父だけだが)は全員「いつ死ぬか分からない」の方の考えなのである。

なので、少女は母親の身を案じていた。


「あ、青になった…」

ふぅ…と息を吐いて、少女は歩き始めた。

横断歩道を過ぎた時だった。

右手にあった荷物(エコバック三つ)の重さが消えたのだ。

少女は思わず右を見た。

柔らかく微笑んだ少年に、少女は目を奪われた。

「少しは軽くなった?」

微笑んだままそういう少年に、少女は「は、はい!!」と言った。

心の中では、少し軽くなったどころかかなり軽くなったよと呟いていたが、少年にそれを言う勇気を少女は持ち合わせていない。

家に着くまでの会話は、少年の道を聞く質問に「右に曲がります」などと答えるだけだった。



「あれ、ここなんだ」

「へ?あ、はい」

いきなり話しかけられて驚いたのか、声が裏返った少女に少年は言った。

「実は昨日、ほら、見えるよね?あそこに引っ越してきたんだ。あ、お袋がいる。ごめん、ここに置いておくよ」

そして少年は自らの家族の元へ駆けていった。



「……そっか、また…会えるんだ…」

薄く浮かんだ笑顔と、頬に浮かんだ桃色。

今日も太陽は沈んで行きます―――



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