純愛短編集(完)
『見つめているだけ』
“好き、好き、大好き”
そんな言葉に憧れていた頃のあたしは、もういない。
何故なら、恋という言葉を、言葉の意味を…知ってしまったから。
「さようなら」
彼女はチャンスを見つけては頭を軽く下げ、彼に挨拶をした。
運が良ければ、彼は頭を下げ返してくれるか、「さようなら」と返してくれた。
だからと言って、彼女が朝の「おはよう」を言えるはずがない。
休み時間に彼と話すことも出来ない、なんの接点もない。
ただ、ただただ、授業中に彼の後ろ姿を見つめ、休み時間に彼を盗み見るだけ…。
給食で彼が給食当番になったら、彼女はいつもより多く配膳をした。
相談する相手なんかいない、何故そんなに気になるか、理由がわかっていても、言う相手もいない。
いたとしても、彼女は言う勇気がなく、話を焦らすだけ。
そして最終的には諦め“また、言う機会を失った…”と落ち込む。
今までだって気になる人はいたはずだった。
だけど何故か彼だけを、ただ彼だけを気にしていた。
なんで…と戸惑っている彼女は、話すことも出来ない彼との距離が、苦しかった。
彼は滅多に異性と関わることはない。
だから、異性と関わっているところを見ると、胸になにか熱いものが込み上げてきて、苦しかった。
その苦しみから抜けようと、漸く決心し、もう関わらないと決め、挨拶をやめた。
しかし、挨拶をしないで帰っていく彼を見ると、やはり悲しさは込み上げてくるものである。
彼女は自身の眉が下がっていることに気付かなかった。
視線は帰っていく彼の後ろ姿を捉えたまま…。
この想いを、時間は解決してくれるのだろうか―――