純愛短編集(完)
『一番近い存在』
夏の初めに、窓のカーテンがある所に付けた風鈴から、チリンッと音が鳴った。
先程まで黒と青を混ぜたような色をした空が、紫と青を混ぜたような色の空に変わっていた。
「………眠れない」
横を向けば、いつも居た彼はいない。
「“おやすみ”」を、毎日のように言っていた彼の姿はなかった。
当たり前の事実。
今日は彼にとって、とても大事な日なのだから。
簡単に言えば、彼は自分の彼女の家でお泊まり会をしている。
彼が私を見てくれないのは分かっていた。
…分かっていた筈なのに。
目を瞑れば、ウキウキとした様子で彼女の元へ駆け寄った彼が、脳裏に鮮明に浮かび上がる。
一ヶ月に一度、彼は一拍二日で彼女の家へ泊まりに行く。
彼のいない一ヶ月の中の一日…その日だけ、私はあまり眠れない。
傍に彼がいないと、ちゃんと眠れないのだ。
二人で寝るのなら丁度良く、一人で寝るには広いダブルベッド。
その上で一人、目を瞑って布団を握りしめていた。
染みついた自分の兄の香水の匂いが、しまい込んだ悲しみを一層濃くさせた。
「………兄さん…」
襲ってくる睡魔に、逆らう事なく落ちていく瞼。
意識が消える直前、私は消え入りそうな声でそう呟いた。
瞼を閉じたと同時に、右頬に感じたものの正体を確かめる暇もなく、私は意識を失った。
「ただいまぁ…って、その隈どうした!?」
兄の大声が、頭に響いた。
続きます