純愛短編集(完)
『連絡帳』
家のリビングには、兄と片手にノートを持った妹がいた。
「っ…兄さんなんてっ…大っ嫌い!!」
少女は向き合っている男に、ノートを持っていない方の手を強く握りながら、吐き出すようにそう叫んだ。
「あ、待て!!」
靴を履いて家を飛び出した妹に、叫んだ兄の声が家に響いた。
まだ後ろでなにか言っているが、少女はそれを無視した。
走った。
なにも考えず、ただただ、走っていた。
「………どこ」
気付けば、見たこともない、来たこともない、通ったこともある筈のない場所で、“迷子”になっていた。
「はぁ、はぁ…はぁ…」
激しく肩を上下させ、息遣いも荒く、道の真ん中で佇んでいる少女。
そんな少女を、周りを通る人は一瞥した。
けれど人は皆、そのままなにもなかったかのように素通りしていく。
そして、少女の息遣いはすっかり整ってきて、頭も混乱から正常な思考回路に戻ったときだった。
誰か優しそうな女の人に…。
やはり、同姓のほうが安心するのだろう、その“優しそうな女の人”を探してキョロキョロする少女に、ニタニタ笑いながら男が近付いてきた。
「お嬢さぁん、こんなところに一人でぇ…マァマやパァパはぁ…一緒じゃないのかぁい?」
何歳に対して話しているのか、如何に少女と言えども、そこまで幼い筈がない。
少女はきちんと話せるし、両足で歩ける。
そして何故か右手に持っている“連絡帳”に、クラスと名前が書いてあったのが、学生と証明出来る何よりの証拠だ。
「…あたし、中1なんですけど」
少女も男の話し方にムカついたのだろう、やけに棘のある声でそう言った。
そして、なにか言っている男を無視し、男の後ろを通った女に声を掛けた。
横や後ろから見ると、“優しそうなお姉さん”だったからだ。
「あの…すいません、ここどこですか?」
その声に女は振り向くが、正面から見ると厚化粧の女だった。
まだ続きます