プラトニック
玄関の前で立ち止まりバッグをさぐると、鍵がないことに気づいた。


タクシーの中で落としてしまったんだろうか。

とりあえずチャイムを押すと、瑠衣が中から開けてくれた。


「ただいま」

「……おかえり、葵」


顔色が沈んでいる。


わたしが出かけている間に何かあったのだと、直感した。

そしてリビングに視線を走らせると、その原因がすぐにわかった。


「パソコン……見たん?」


瑠衣は返事をしない。


見たんだ。

わたしが昨夜調べた、あの履歴を。


「葵、やっぱり俺とセックスするの、辛いんやろ?」


まだ靴も脱いでいないのに、瑠衣は帰ってきたばかりのわたしを問い詰める。


耳をふさいでしまいたかった。


「そんな、違うよ」

「なんで嘘つくねん」


耳元で大きな音が響いた。

瑠衣の手がわたしの顔の横をすり抜けて、鉄製のドアを殴っていた。


「葵が辛いときは俺に守らせてくれって、言うてるやんか」


瑠衣の言葉に被さるように、携帯の着信音が響いた。


卓巳からだ。


「出えへんの?」


別人のように冷たい声で瑠衣が言う。


「昨日の夜も、そいつと電話してたんやろ?」

「……知ってたの?」


思わず言ってしまったわたしを、今までしたこともないような暗い表情で瑠衣は見下ろした。


恐怖心がみぞおちのあたりをブルブルと震わせる。


瑠衣を怖いなんて思ったのは初めてだった。


だって、瑠衣はいつだって、わたしを守ってくれて……。


「なんで、俺じゃアカンねん」


言葉と同時に、手首をつかまれていた。


次の瞬間、廊下の冷たい床に背中を打ち付けた。

照明のまぶしさに目をつむると、唇に痛みが走った。


それはキスとは呼べなかった。

噛み付くように、唇をふさがれていた。
 

卓巳からの着信音が、廊下にむなしく響き続けた。

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