プラトニック
「あら、瑠衣の先生やったんですか?」
 

お母さんが涼子ちゃんの言葉に反応して言う。


「予備校の先生なんです」
 

わたしではなく涼子ちゃんが答えた。
 


しおれるように喉が枯れていった。

唇が、どんな形を作ればいいのかわからない。
 

言いたいことがあって来たはずなのに。
 
伝えたいことがあって、選んで来たはずなのに。
 

瑠衣が、わたしを見ている。

彼の唇が動く。


「……この人、先生じゃないけど?」
 

きっぱりと言った。


「俺の彼女やから」
 

右手から体をひっぱられ、固まっていた視界が動いた。
 

瑠衣はわたしの手を取ると、お母さんや涼子ちゃんを残してアパートを出る。

まるでクリスマスイブの日に、電車からわたしをさらったみたいに。
 

背後で、涼子ちゃんが何か叫ぶ声がした。
 

だけど瑠衣はふり返らない。
 
わたしも、ふり返らない――。








アパートから離れたところまでわたしを連れて行くと、瑠衣は乱暴なほど強くこの体を抱きしめた。


「葵……」
 

切なく消え入りそうな声。


「瑠衣……」

「葵」


あふれる想いに飲み込まれたとき、言葉の無力さを知った。

わたしたちはきつい抱擁と、互いの名前だけをくり返した。
 


傷ついても傷つけても傷つけられても。


やっぱり瑠衣がいいよ。

瑠衣のそばにいたい。
 

それはエゴかもしれないし、ちっとも美しくなんかない。


だけど心の真ん中が、瑠衣のぬくもりを求めている。
 

こんな欠陥品のわたしでも、

抱いてすらもらえないわたしでも。


まだあなたを求める力があるから、こうして会いにやってきたんだ……。


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