プラトニック


あれから、流れる時間を漂うように生きてきた。
 

窒息しそうな苦しい思いを抱え、それでもわたしの呼吸は止まることなく続いていた。


いっそのこと本当に止まってしまえばいいのに。

そしたら楽になれるのに。
 

失って、失って。
あきらめることだけ、うまくなって。

毎日をただ消費しながら、わたしは生き続けた。
 

心の中から早く彼を消したくて、思い出すきっかけになりそうな物は全部捨てた。

狂ったように――そう表現してもいいほど、やっきになって思い出を消していった。
 

彼を忘れるために費やした時間は、実は、何よりも彼を想った時間。

形ある物は捨てても、心にはよけい刻み込まれた。



そして3年という月日の果てに、ようやく訪れた平穏の日々。

その中に今のわたしはいる。


自分ひとりでたどり着けたわけじゃない。

何度も堕ちかけたわたしを救い、ここまで導いてくれる手があったから――。
 


車のエンジン音が窓の外から聞こえた。

それと同時に携帯が鳴った。


「……もしもし」

『マンションの下に着いたで』


電話の相手は相変わらず穏やかな声で言う。






数年の時を経ても彼の車はあの頃と同じ。

後部座席のベビーシートは、さすがにもうなくなったけれど。


「お疲れ様、卓巳」


この助手席に何度座っただろう。


「葵もお疲れさん」


わたしを下の名前で呼ぶようになったこの人と、共に過ごす時間が何より心の支えだった。
 

支えられることは、動けなくなるということ。

過去にそう思ったのはわたし自身だ。


けれどどっしりと地に足をつけた卓巳のそばなら、それ以上歩き続ける必要なんてないのだと知った。


「スーパー寄って行こうか」

「うん」


週に何度か、わたしたちは卓巳の家で夕食をとる。


すっかりなじんできた、穏やかな日常だった。


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