青色キャンバス
ーシュッ、シュッ
私は早速秋君を傍に感じながら海を描いていく。
筆がキャンバスを滑る音だけが響く。
会話はなくても、私は心地よさを感じていた。
「先輩、どうして俺を海に例えたの?」
しばらく絵に集中していると、秋君が不意に問いかける。
その質問に私は筆を置き、秋君を振り返った。
「私ね、蛍ちゃんを思い出す度にいつからか、辛さしか感じられなくなってたの」
ポツリと話し出す。
私は今もやっぱり、蛍ちゃんの事を口にするのが辛い。でも、大好きな人を思い出す度に辛いだなんて、そんな悲しい事はないって思う。
「秋君はそんな時、必ず私の傍にいて、私の想いを受け止めて、蛍ちゃんを思い出しても泣かないくらいに強くなるまで、傷つかないように、優しく守ってくれた」
初めて秋君に会った時、私は蛍ちゃんを想って泣いた。
心がボロボロで私は誰にも見つからないように、一人で苦しかった。
そこに、あなたは現れて、私が遠ざけてきた人との距離を、簡単に縮めてしまうの。
私の孤独を埋めて、私に一人じゃないよと教えてくれた。
「受け止めるだけじゃなくて、時には私がまた、立ち上がれるように導いてくれる波のような秋君が、私は海みたいだなって思ったの」
そして、それはきっと秋君が辛い思いを沢山経験してきて、人の痛みに敏感だから、優しい秋君がいるんだってわかる。
私は、そんな秋君にたくさん救われてきた。
「俺の事、そんなふうに考えてくれてたんだ」
「秋君がいたから、私はまた海を好きになれたんだよ」
大切な人を奪った海、でも、私が大好きな人と通じ会えたのもまた、海だった。
私の心を、体を縛りつける後悔と罪と罰の鎖を、秋君は少しずつ解いていってしまう。