最悪から始まった最高の恋
 彩菜は、いつもは厨房担当で、フルーツを盛ったり、おつまみになりそうな一品料理を作っている。お客様に好評なのは、おでん盛り合わせ。

 祖父の代から食堂を営んでいて、いつも“お父ちゃん”と呼んでいる父から料理を仕込まれてきた彩菜は、腕にちょっと自信があった。
 幼い頃は見様見真似で父の背を見ながら料理のイロハを自然に覚え、お店を継ぐ事を決めた時から、父から厳しく仕込まれた。
 特におでんは、祖父が戦後すぐ食堂を始め、研究に研究を重ねて、改良に改良を重ね生み出した味。そのおでんは、雑誌やテレビから取材も申し込まれる程の、行列ができるぐらいの人気だった。
 何十年も、汁を、毎日濾して、翌日新しく作った汁と合わせてを繰り返し、繰り返して、うま味がギュッと詰まった誰にも真似出来ない味。その味を再現した物なので、美味しいに決まってる。

 ママさんは何も言わないけれど、お店に来るお客様の殆どが、おでん目当てだと、マネージャーさんから聞いた事があった。他の料理も好評だとか……。
 もしそれが本当だとしたら、かなりお店の売上に貢献してるよね!! まあ、お給料もいいし、路頭に迷いそうになっている所を拾ってもらったような恩もあるし……。恩返しのような気持ちもある。

 
 ――だから……。今日だけは、ママさんの頼みを聞いてあげよう。
 困り顔のママさんを見ていて、彩菜は人助けのような親切な気持ちになって、余り気の進まない臨時ホステスを引き受ける事にした。

 「まあ、凄く綺麗よ!!」

 ママさんの腕前のお陰もあって、私は見違えるように変身した。そう……。芋虫がアゲハチョウに変身したように……。
 普段はノーメークに近い薄化粧に、トレーナーにジーンズのような、味気ない服装。髪の毛は、セミロングをゴムで後ろに一つに束ねてるだけ。

 今日は別人だ……。

 キラキラのラインストーンの刺繍の入った、淡いブルーのドレス。腿近くまで深いスリットの入ったドレスは足下がスースーして心もとなく気持ち悪い……。
 ヘアアイロンでカールして、アップにして、キラキラのストーンの髪飾りで飾って、お姫様のようなヘアスタイル……。
 化粧も濃いめ。元々まつ毛は長い方だが、コッテコテにマスカラを付けられて、バサバサして目が重い気がしてくる……。グロスも多めで唇がうっとおしい……。

 でもね……。鏡に映った私は、自分でも驚くぐらいに綺麗だなと思ってしまった。私も磨けば綺麗になれるんだ……。
 それでも、やっぱり地味で素朴な自分の方が好き! こんな私は今夜一晩だけ……。

 一晩だけのホステス……。
 これが過ちだったと気づくのは、もう少し先の事……。
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