桜涙 ~キミとの約束~
✿答えない唇
学校の廊下で、新谷が双葉に向かって「美乃ちゃんからのチョコなら毎日受付中。どんなに不味くても完食するよ」と言い、双葉が「あげない。でも、しつこくするなら、とんでもないもの作ってあげようかしら」と黒い笑みを浮かべていたのを目撃した2月も下旬に入ろうとしていたある日のこと。
オレは放課後になると奏チャンと一緒に小春のお見舞いに行った。
小春の状態は依然として良くはないけど、奏チャンならという許可をもらったからだ。
そして、運がいいことにその日は小春の体調がここ最近で一番良く、小春の笑顔も多く見られて……
冬の夕方、もうすぐ日も暮れる逢魔ヶ刻。
小春の病室を出たオレたちは、病院前のバス停にあるベンチに腰掛けてバスを待っていた。
タイミングが悪く、バスは出たばかり。
ダッフルコートに身を包んだ奏チャンは、白い息を吐きながらオレを見る。
「小春、このまま良くなってくれるといいな」
「良くなるよ。アイツ、頑張ってるし」
生きようと、頑張ってる。
きっと、少しはあるだろう、吐きたくなるはずの弱音も口にせずに。
「うん、そうだな」
奏チャンは微笑んで、紺色に染まっていく空を眺めた。