もうひとつの恋
「じゃあ俺、先に部屋行ってるから」


そう言ってマンションの奥へと消えていった。


正直、その光景を見て俺は心が折れそうになっていた。


慣れた様子で美咲さんの部屋に向かったこともショックだったし、俺を見ても何の反応もなかったことに、彼の余裕が窺えたからだ。


だけど、この気持ちが嫉妬なんだと自覚した以上、どういう結果になろうとも、自分の思いを伝えなきゃならない。


このまま会えなくなるなら、せめてそうすることで、自分が納得できるような気がしたから……


こっちを見つめたままじっと動かない彼女に、俺はゆっくりとこちらから近づいていく。


「美咲さん……久しぶりですね?」


本当に久しぶりだった。

一ヶ月ぶりくらいだろうか?


電話もメールさえもせずに、一ヶ月を過ごしたのは、この四年間で初めてのことだったかもしれない。


まだたった一ヶ月なのに、何年も会ってないような錯覚を起こす。


懐かしい美咲さんの顔を、間近で改めて見ていると、なんとも言えない感情がこみ上げてきた。


だけど彼女は未だ俺を、幽霊が出たみたいな顔で見つめ続けている。


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