もうひとつの恋
「は、はじめまして

山口美咲と申します

本日はお招きありがとうございます

お目にかかれて光栄です」


美咲さんは一回も噛まずにスラスラとそう言うと、美しいくらいのお辞儀を母に披露した。


俺はさっきとのギャップに目をパチパチさせながら、美咲さんの顔をまじまじと見てしまう。


俺の視線に気がついた美咲さんは、顔を赤くしながらも、今まで見たこともないような営業スマイルで微笑んだ。


きっと仕事ではこんな感じで、大人の女性全開の立ち居振舞いをしながら、テキパキと仕事をこなしてるんだろう。


ということはいつも俺に見せている顔が素なんだと思うと嬉しくなる。


きっと素では挙動不審になってしまうと思ったんだろうか?


どうやら仕事モードで今日を乗り切るらしい。


「あらぁ!純の言ってた通り素敵な方ね?

どうぞ上がって?

ほら、純もボケッとしてないで!」


母はそう言いながら、バタバタとまた奥に引っ込んでいった。


ふぅ……と息をついて、横にいる美咲さんを見ると、やっぱり同じように脱力している。


思わず笑ってしまいながら、さっきのギャップを話題に出す。


「美咲さんの営業スマイル初めて見ましたよ」

「うるさい」


美咲さんは笑顔はそのままで、そんな台詞を吐いた。


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