もうひとつの恋
「覚えてないのも無理ないです

以前、奥さんが課長に忘れ物を届けに来たときに、一度ご挨拶しただけですから」


そう話すと、その時のことを思い出そうとしているのか、一生懸命に記憶の糸を手繰りよせようとしているのがわかる。


俺は思い出せないことに彼女が罪悪感を抱く前に、自分から自己紹介することにした。


「僕は大沢課長直属の部下で、桜井と言います

25歳です、ちなみに独身です」


どうせなら印象を強くしてやろうと、わざと歳や独身であることをアピールする。


すると彼女は俺の自己紹介を聞いて、プッと吹き出してクスクスと笑い出した。


あっ……やっと笑ってくれた……


俺は嬉しくなって思わずにやけてしまう。


彼女は必死に笑いを堪えながら、俺に深々と頭を下げた。


「桜井さん……

あの、助けていただいてありがとうございました

そういえば主人からとっても優秀な信頼できる部下がいるって聞いたことあります

あなたのことだったのね?」


にっこりと笑いながらそんなことを言われて、俺は気が動転する。


< 46 / 432 >

この作品をシェア

pagetop