もうひとつの恋
何か…言わなくちゃ……


彼女を安心させるために何か適当な嘘をつこうと思ったのに、こんなときに限って何も浮かばない。


目を泳がせながら焦っている俺に、奥さんの方から話しかけてきた。


「桜井君……」


「……はい」


「今……見たことは誰にも言わないでもらえるかな?
……本人にも…ねっ?」


人差し指を唇に当てて、内緒のポーズをとりながら落ち着いた様子で話す彼女に、俺は戸惑う。


傷ついてるはずなのに……


俺が見てしまっただろう課長の行動を、なんとか会社にバレないように俺に口止めしてくる。


「それと……

私が来たことも内緒にしてくれる?

受付の女の子にはうまくごまかしといてもらいたいの」


両手を顔の前で合わせて、お願い……と言うように上目遣いで俺を見て頼んでくる彼女に俺は頷くしかなかった。


「そのかわり、なんかあったら必ず電話してくださいね?約束ですよ?」


俺が出来る精一杯のことと言ったら、彼女にそう伝えることだけだった。



「うん、わかった

ありがとね?桜井くん」


彼女は悲しそうに微笑んで、そのまま会社を後にした。



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