もうひとつの恋
課長の奥さんだから諦めたっていうのに……


抑え込んでいた気持ちが溢れだす。


俺なら、彼女にあんな顔はさせない……そう強く思う。


ふと彼女に名刺を渡したことを思い出して、さっき放り投げた上着のポケットから携帯電話を取り出した。


そして着信がないかどうか確認する。


くるわけないか……


少しだけ期待してしまった自分に苦笑した。


彼女はああ言ってくれたけれど、たぶん……電話してくることはないと頭ではわかっている。


でも少しでも俺に頼ってほしかった。


課長の部下である俺になんか相談するような人じゃないことはわかりきっていたのに……


なんでこんな形で出逢ってしまったんだろう。


全然違う形で会っていたら、もっと積極的に彼女の力になりたかった。


でも、課長の奥さんだったから出逢えたのかもしれない……とも思う。


出逢ってしまったことは後悔してなかった。


どんなに苦しい恋でも、それを知らなかった頃に戻りたいとは思わない……


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