もうひとつの恋
だけど、拒否するのも失礼だし……と勇気を振り絞って、手汗をズボンで拭くと、握手をかわした。


近づくといい匂いがする。


手を握ると小さくて柔らかくて……


俺の心臓の音がまた激しくなり、この音が彼女に聞こえやしないかと気が気じゃなかった。


奥さんは仕事があるからと早々に帰っていった。


その後ろ姿を見送りながら、俺は自分が初めての経験をしたことに気づく。


一目惚れってこういうことを言うんだろうか?


でも初めて一目惚れした相手が、上司の奥さんだなんて……


最初から報われない恋をしてしまった運命を呪う。


見送ったまま動かない俺の肩を、課長がそっと押した。


「行くぞ~」


課長は気づいてるのか気づいてないのかわからない態度でエレベーターへと足を進める。


俺はこの気持ちを丸ごと心の奥の方に押しやって、課長の後を追った。



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