僕は何度でも、きみに初めての恋をする。
「セイちゃんは、ハナの怪我のこと、知ってる?」
ちょうど、注文した品が届いた。お兄さんは頼んだミルフィーユのひとつを、わたしにくれる。
「はい。記憶が1日しかもたないことなら、ハナから聞きました。それが事故の怪我によるものだってことは、ハナのことを知っていた、わたしの友達から」
「そう。今日もね、それで病院行ってんだ。って言っても検査結果なんて毎回同じで、ただ先生とおしゃべりしに行ってるようなものなんだけどね。ハナにとってはさ、いつだってはじめましてなのに、なんでか仲良いんだよあのふたり」
お兄さんがカプチーノに口を付けたから、わたしも倣ってミルクティーを少し飲んだ。
温かい、とは、感じた。味なんて、わからなかった。
胸の奥が、ゆっくりと鼓動を強めていく。
……つまり、治る見込みがないってことだ。
検査結果は同じ。変わらない。いつまでも、ハナの持つ記憶の障害は、このまま。
「…………」
お兄さんは、わたしが考えたことに気付いたみたいだった。
でも何も言わなかったし、わたしも、口に出しはしなかった。
「食べていいよ?」
お兄さんが、まだ来たときのままのわたしのミルフィーユを目で示す。
「ありがとうございます」
とわたしは答えて、そっと、三角の先端のところにフォークを刺した。
オープンテラスに座っていたのはわたしたちの他に一組だけ。
それでも、テラスの前の大通りはますます賑わいを増していて、静かとは程遠い騒々しさの中にいた。
だけどたったひとり、ハナのお兄さんだけは、不思議ととても静かな空気の中に佇んでいるような感じがした。
同じ場所に居て、でも、彼だけが違うところに居るような。
──ハナと同じだと思った。
ハナと同じで、どんなところに居たって自分の世界をつくれる人。
反発するんじゃなく馴染ませるようにじわじわと。世界の中に自分の小さな世界をつくる。
それから、それを人に伝染できる人。