僕は何度でも、きみに初めての恋をする。
「……セイちゃん」
お兄さんが、掠れた声で言う。
「ハナを、助けてあげて」
必死な叫びだった。
決して大きくはないのに、こんなにも強く響く祈り。
「ハナは……意識的にか無意識かは知らないけどね、事故に遭ってからはあんまり人と関わらなくなった。忘れちゃうのが恐くて、たくさんの人に囲まれてるのに、どっかでいつもひとりで居たんだ」
いつか、三浦さんが言っていたことを思い出す。
『いつもすごく楽しそうだったよ。でも反面、よく早退したり、休みがちでもあったみたいだけどね』
笑っている顔。
忘れたくなくて、見つけた景色を写真に撮る。
でも、忘れてしまう。
忘れたことすら忘れる、もう二度と、戻らない思い出。
「だけどたったひとつだけ。どうしてだろう。とても大切にしたものがあるんだ」
消えていくきみの記憶。
その中に残った、わたしの姿。
「セイちゃんだけなんだ。記憶がもたなくなってから、あいつが持った、大切なもの」
──きみは俺の宝物。
いつかの声が聞こえた気がして、知らず、唇を噛む。
「セイちゃん、俺からのお願い」
お兄さんは涙を拭った。
そして真っ直ぐにわたしを見つめて、もう震えはしない声で、もう一度言った。
「ハナを助けてあげて」
──ねえ。
きみは今、どこに居るんだろう。
どこに居て、何を思っているんだろう。
心の奥で、本当はわたしと同じに膝を抱えていたはずのきみは、それでもわたしに笑って、わたしに手を差し伸べてくれた。
ここに居ていいんだと、声高く言うきみの言葉が、わたしに空を見上げさせた。
だったらわたしは。
わたしはきみに、一体何ができるんだろう。
何をしてあげられるんだろう。
たった1日……それよりも短い記憶の中に。
わたしは、何を、残してあげられるんだろう。