僕は何度でも、きみに初めての恋をする。

「…………」


じっと、何も言わずに見つめ合っていた。

長い時間のような気がして、でも本当は、たった数秒の間。


ハナの顔が、ゆっくりと歪んだ。


「……セイちゃん」


声はほんの微かで、吹いた風に飛ばされてしまいそうなくらいだ。

だけど確かにきみの喉は、わたしの名前を呼んだ。


「セイちゃん」



泣きたいんだと、言っているみたいだった。

それでも泣けなくて苦しんでいる。


わたしの名前を呼んでいる。


きみの心が、叫んでいる。



「俺は、誰も居ないところへ行きたい」



きっと、きみは、誰よりも。

この世界が好きなのに。


「十分だったのにね。今があるだけで。でもいつのまにか、すごく怖くなった。

忘れるのが。どんなに大事だと思っても、眠って、朝起きたら何もかも忘れてること。忘れたことも忘れて、誰かを傷付けて。たったひとり、いつまでも、この場所に取り残されるのが」

「…………」

「セイちゃん……俺は、もう……記憶だけが消えてなくなるのなら、全部をここから、消してしまいたいよ」


いつかきみが言っていたこと。


『辛くはないんだ。だって今、楽しいから』


1日しかもたない記憶を、辛くはないのかってわたしが訊いたら、きみはそう答えてくれた。

何もかもが新鮮に見える日々。毎日新しいことを見つけられる日々。とても美しい日々。


「だめなんだ。いつからこんなに身勝手になったんだろ。十分じゃなくなっちゃった。俺は明日も明後日も、ずっと、いつまでも、今と同じ“今”を、繰り返していたいと思うようになっちゃったんだよ」


綺麗な綺麗なきみの世界を。

こんなに愛しているからこそ、きみは、とても。


とても、悲しいんだね。
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