僕は何度でも、きみに初めての恋をする。
空を見上げるのが癖だった。
空を見て、何かを思うわけじゃないけれど。
ただ、汚いものばかりの中で、空だけは澄んで透明だから、見ていると落ち着いて、いろんなことを忘れられる。
心臓の奥がぎゅっと苦しくなったりするとき、わたしはそうして空を見上げた。からっぽにすると楽だった。
頭の中とか、胸のところとか、ごちゃごちゃしたものを全部捨ててしまって、なんにも考えずに時間だけを過ぎさせる。
見る空は何色でもいい。ただこのまま、この景色だけを見て、他には何も感じずにいられたらって、いつも、いつもそれだけを思った。
気づくのが遅かったのは、そうして頭をからっぽにしていたせいだ。
遠くの雑踏、車のエンジン音、電車の車輪とブレーキの音。
いろんな音が響いていて、でもそのどれもが、意識の外で鳴っていた、静かな静かなわたしの中。
そこに、ふいに聞こえた、ひとつの音。
──カシャ
短く乾いた小さな響きだった。
頭の隅に届いた異質な音。
異質だけど、空気にすっと馴染む音。
それは、少しの間を空けながら、何度もリズムよく鳴り響く。
───カシャ、カシャ、カシャ
空は、少しオレンジが広がっていた。
真上を鳩が2羽駆けて、それと一緒にまた音が鳴る。
───カシャ
すうっと息を吸って、視線を前に戻した。
賑やかな商店街と静かな公園とを隔てる大きな楓。
そしてそれを背にしてそこに立つ、真っ黒なカメラを掲げる男の子。
わたしが真っ直ぐに向き合うと、もう一度カシャリと音が鳴った。