僕は何度でも、きみに初めての恋をする。

お父さんがもう帰って来ていたなんて気付かなかった。

知っていたら下りては来なかったのに。いつもみたいに布団にもぐって、ただ、小さく小さくうずくまっていたのに。


お父さんとお母さん、ふたりが揃うときはいつだってこうだ。

顔なんて合わせなきゃいいのに、それでもお互いを見ないまま、ぶつかり合って、ひびをつくる。


「疲れてるんだ。もう騒ぐのはよしてくれ」

「そういう言い方はないでしょう! 私だって色々と大変なのよ!?」

「俺だけが働いてるんだ! 家のことはお前が全部やる約束だろう!」

「あなたはいつもそうやって……なんでもかんでも私だけに任せて好き勝手にやって!」

「好き勝手とはなんだ! 俺だってなあ!!」

「何よ、全部私ばっかりじゃない! 星のことだってねえ……!!」


──ギシ、と床が軋んだ。

同時にふたりの視線がハッとこちらに向いた。

しん、と、耳が痛いくらいの静けさが、一瞬だけ漂う。


「……星」


今までのものと違う、掠れた、お父さんの声が名前を呼んだ。

わたしは階段の陰から出て、ゆっくりと、ふたりに視線を合わせる。


なんとも言えない、顔をしていた。酷い顔だ。

でもきっとそれ以上に、今のわたしも、見られない顔をしているんだろう。


「…………」


無理にでも笑って、お父さんお帰り、とでも言えば、よかったんだろうか。

だけどどうしても笑えなくて、それどころか、声だって、出せなかった。


お父さんが、居た堪れない様子で視線を逸らし「風呂入ってくる」とリビングを出た。

わたしは動かない足で、その場に立ちすくんだままで。


「星?」


お母さんの小さな声が、聞こえる。
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