Trick or Treat!
翌日一日病院で芽依の世話をした。車いすの乗り方を教えたら、さすがに子供は飲み込みが早い。さっさと覚えてトイレなども自分でいけるようになっていた。
会社には山崎君が連絡してくれたおかげで、昼頃電話したら補佐や愛子ちゃん達からお見舞いの言葉を頂き、上川君からも『どうせ休みにしたんだから、お前もしっかり休めや』というメールが送られてきた。
面会時間は8時までなので、そろそろ帰り支度と言うときにノック音がする。開けてみるとそこには山崎君が立っていた。
「芽依ちゃんの具合どうですか?」
「うん。もうすっかり元気。折り紙とかもやり始めてるわよ。退院したらぎりぎりハロウィンに間に合うから、ここで準備するんだって。」
「そっか(笑)。子供は回復が早いからなぁ。」
中に招き入れると、手には紙袋を持っていてそれを差し出された。
「みんなからのお見舞いです。今日はもう食べられないだろうけど、明日とかおやつに食べてもらおうって事で。芽依ちゃん、モロゾフのプリン好き?あとね、クッキーとかあるよ。」
「うわーいっ!大好きっ!お兄ちゃんありがとっ!ねぇ、これ芽依が作ったの。お礼にあげるっ!」
「おお、すごい。これ本当に芽依ちゃんが作ったの?宝物にするよ。」
ちょうど折り終えたバラの花を山崎君に差し出す。これは別名川崎ローズというもので、折り紙が得意な芽依がなんとか頑張って習得したものだ。私は福山ローズ止まりだ…。
この折り紙は結構時間が掛かるので、芽依もなかなか人にはあげない。これを渡すと言うことは芽依はすっかり山崎君に懐いてしまっていると言うことだ。
思わず苦笑いがこぼれてしまった。
「わざわざありがとうね。明日からは普通に会社にも行けます。」
ちょうど面会時間も終了になったので、病室を後にしていた。彼が車で送るというのを今回は断った。これ以上彼に甘えることも出来ない。そういうと彼は車を背にして真剣な眼差しをこちらに向けてきた。
「岡 七海さん。俺はやっぱりあなたのことが忘れられない。この間フラれた後、あなたに会うのがつらくてあなたを避けていた。あなたの笑顔を見るのがつらくて逃げたんだ。フロアが違うし外回りが多いから、いくらでもそれが可能だった。でもそれが逆にあなたへの思いを募らせてしまった。」
そこまで言うと、大きく深呼吸をして話を続ける。
「今回の芽依ちゃんの事であなたに関わって、やっぱりこの思いが止められないことが分かった。いやむしろ余計に庇護欲が沸いたというか……。とにかく俺はあなたから離れられないというのが分かったんです。だから、俺と結婚してください。俺を幸せにしてください。
それ以上に幸せにするから…。」
呆然とした私はバッグを落としてしまった。え、ええ…っと。だって私この間断ったし…。
「とりあえず、今日は帰ります。そしてよく考えてください。出来れば良き方向で。返事は…俺がサイン出しますから…。」
そんな謎かけのような言葉を残して彼は帰っていった。
サイン?
翌日には会社に戻り、皆さんに仕事を抜けたお詫びと、お見舞いのお礼を伝えた。千歳本部長補佐も私の表情を見て安心したと言って、私が抜けていた分の仕事も愛子ちゃんがものすごく頑張ってくれたと教えてくれた。
「愛子ちゃん、ありがとうね。」
「はいっ!でもやっぱりおかあさんには敵わないです。仕事って仕事だけじゃないんだなぁ、と言うことがおかあさんがいなくなって初めて分かりました。」
「へ?どういう事?」
「うーん、なんと言ったらいいのかなぁ。例えばこの書類を処理するというだけなら、そう難しいことじゃないんです。でもおかあさんはここに自作の「お願いします」とか「がんばれ」とかのスタンプ押した付箋を貼ったりするでしょ。それとか必ずここにわざとみんなが手を出しやすいように飴置いてあるじゃないですか。そういう事でみんながほっとしている部分があったんですよ。ピンと張りつめた空気が少し紛れるというか…。こういうのが大事なんだ、というのがすごくよく分かったんです。」
どうやら私が気まぐれにやっていたことが、他の人たちへの小さな一息になっていたみたいだ。つい家での習慣をやっていただけなんだけどね。小さい子がいると飴は常備品だし、音読の宿題で「OK」スタンプを押すのも、どうせ押すなら遊んじゃえって自作していたから、その延長なんだけど…。
当たり前だけど大人ばっかりの会社で、そういうちょっと家庭を思い出させる部分が、みんなにそう思ってもらえたのがすごく意外だけど、嬉しかった。
「庄司さんなんて『うっわー飴がねぇっ!』とか騒いでいて、挙げ句に自分で買ってきて籠に投入していたんですよ。」
道理で見覚えのない飴が入っているわけだ。他にもキャラメルやら何やらが入っている。庄司君以外にも貢ぎ物をしていってくれた人がいるようだ(笑)。
「なんだか本当の母親にそういうことされると反発しちゃうのに、会社の中でおかあさんがそういう事をやっていたの、自然受け入れられちゃうのって、きっとおかあさんの魅力なんですよ。」
「愛子ちゃん…それ褒めすぎ…。恥ずかしいからさ、もういいでしょ。」
「いいえっ!私、おかあさんと一緒の所で働けて嬉しいです。これからもそういう事を教えてくださいっ」
愛子ちゃんはかわいらしい顔して両手に握り拳を作り、熱く語っていた。他の人たちも「よ、お嬢さんもう平気?」と声をかけてくれる。
実はいくら自覚があるとはいえ、「おかあさん」と呼ばれることに抵抗があった。最初は確かに冷やかしもあったと思う。でも今改めて聞くとその言葉には親しみという愛情が込められていた。
芽依。あなたの影響がこんな所に出ているよ-。
今日のお見舞いの時の話題はこれに決まった(笑)。
会社には山崎君が連絡してくれたおかげで、昼頃電話したら補佐や愛子ちゃん達からお見舞いの言葉を頂き、上川君からも『どうせ休みにしたんだから、お前もしっかり休めや』というメールが送られてきた。
面会時間は8時までなので、そろそろ帰り支度と言うときにノック音がする。開けてみるとそこには山崎君が立っていた。
「芽依ちゃんの具合どうですか?」
「うん。もうすっかり元気。折り紙とかもやり始めてるわよ。退院したらぎりぎりハロウィンに間に合うから、ここで準備するんだって。」
「そっか(笑)。子供は回復が早いからなぁ。」
中に招き入れると、手には紙袋を持っていてそれを差し出された。
「みんなからのお見舞いです。今日はもう食べられないだろうけど、明日とかおやつに食べてもらおうって事で。芽依ちゃん、モロゾフのプリン好き?あとね、クッキーとかあるよ。」
「うわーいっ!大好きっ!お兄ちゃんありがとっ!ねぇ、これ芽依が作ったの。お礼にあげるっ!」
「おお、すごい。これ本当に芽依ちゃんが作ったの?宝物にするよ。」
ちょうど折り終えたバラの花を山崎君に差し出す。これは別名川崎ローズというもので、折り紙が得意な芽依がなんとか頑張って習得したものだ。私は福山ローズ止まりだ…。
この折り紙は結構時間が掛かるので、芽依もなかなか人にはあげない。これを渡すと言うことは芽依はすっかり山崎君に懐いてしまっていると言うことだ。
思わず苦笑いがこぼれてしまった。
「わざわざありがとうね。明日からは普通に会社にも行けます。」
ちょうど面会時間も終了になったので、病室を後にしていた。彼が車で送るというのを今回は断った。これ以上彼に甘えることも出来ない。そういうと彼は車を背にして真剣な眼差しをこちらに向けてきた。
「岡 七海さん。俺はやっぱりあなたのことが忘れられない。この間フラれた後、あなたに会うのがつらくてあなたを避けていた。あなたの笑顔を見るのがつらくて逃げたんだ。フロアが違うし外回りが多いから、いくらでもそれが可能だった。でもそれが逆にあなたへの思いを募らせてしまった。」
そこまで言うと、大きく深呼吸をして話を続ける。
「今回の芽依ちゃんの事であなたに関わって、やっぱりこの思いが止められないことが分かった。いやむしろ余計に庇護欲が沸いたというか……。とにかく俺はあなたから離れられないというのが分かったんです。だから、俺と結婚してください。俺を幸せにしてください。
それ以上に幸せにするから…。」
呆然とした私はバッグを落としてしまった。え、ええ…っと。だって私この間断ったし…。
「とりあえず、今日は帰ります。そしてよく考えてください。出来れば良き方向で。返事は…俺がサイン出しますから…。」
そんな謎かけのような言葉を残して彼は帰っていった。
サイン?
翌日には会社に戻り、皆さんに仕事を抜けたお詫びと、お見舞いのお礼を伝えた。千歳本部長補佐も私の表情を見て安心したと言って、私が抜けていた分の仕事も愛子ちゃんがものすごく頑張ってくれたと教えてくれた。
「愛子ちゃん、ありがとうね。」
「はいっ!でもやっぱりおかあさんには敵わないです。仕事って仕事だけじゃないんだなぁ、と言うことがおかあさんがいなくなって初めて分かりました。」
「へ?どういう事?」
「うーん、なんと言ったらいいのかなぁ。例えばこの書類を処理するというだけなら、そう難しいことじゃないんです。でもおかあさんはここに自作の「お願いします」とか「がんばれ」とかのスタンプ押した付箋を貼ったりするでしょ。それとか必ずここにわざとみんなが手を出しやすいように飴置いてあるじゃないですか。そういう事でみんながほっとしている部分があったんですよ。ピンと張りつめた空気が少し紛れるというか…。こういうのが大事なんだ、というのがすごくよく分かったんです。」
どうやら私が気まぐれにやっていたことが、他の人たちへの小さな一息になっていたみたいだ。つい家での習慣をやっていただけなんだけどね。小さい子がいると飴は常備品だし、音読の宿題で「OK」スタンプを押すのも、どうせ押すなら遊んじゃえって自作していたから、その延長なんだけど…。
当たり前だけど大人ばっかりの会社で、そういうちょっと家庭を思い出させる部分が、みんなにそう思ってもらえたのがすごく意外だけど、嬉しかった。
「庄司さんなんて『うっわー飴がねぇっ!』とか騒いでいて、挙げ句に自分で買ってきて籠に投入していたんですよ。」
道理で見覚えのない飴が入っているわけだ。他にもキャラメルやら何やらが入っている。庄司君以外にも貢ぎ物をしていってくれた人がいるようだ(笑)。
「なんだか本当の母親にそういうことされると反発しちゃうのに、会社の中でおかあさんがそういう事をやっていたの、自然受け入れられちゃうのって、きっとおかあさんの魅力なんですよ。」
「愛子ちゃん…それ褒めすぎ…。恥ずかしいからさ、もういいでしょ。」
「いいえっ!私、おかあさんと一緒の所で働けて嬉しいです。これからもそういう事を教えてくださいっ」
愛子ちゃんはかわいらしい顔して両手に握り拳を作り、熱く語っていた。他の人たちも「よ、お嬢さんもう平気?」と声をかけてくれる。
実はいくら自覚があるとはいえ、「おかあさん」と呼ばれることに抵抗があった。最初は確かに冷やかしもあったと思う。でも今改めて聞くとその言葉には親しみという愛情が込められていた。
芽依。あなたの影響がこんな所に出ているよ-。
今日のお見舞いの時の話題はこれに決まった(笑)。