Trick or Treat!
 芽衣が向ける感情がこもっていないその瞳は、決して今のじゃれあいの事を指しているのではないというのが分かる。

「め…芽衣?何言ってるの?」
「もし、邪魔なら…私パパの所に行くよ…?」

 芽衣の声が不安気を帯びている。だけど視線はじっとこちらを射抜いていて…。そんな芽衣の様子に修也と私の動きがピタリと止まった。さっきまでのはしゃいだ気持ちが一気に冷えていく。心臓がドクドクと大きく鼓動を打つ。私が彼と結婚する事で自分が邪魔になるかもとでも感じてしまったのだろうか…。そんなことないのに。というより、もしそうであるなら、私は彼と結婚出来ない。この温もりから離れて、この気持ちに蓋する事なんて、芽衣が離れていく事を思えばなんとでもなる……と思う…。

 いや、絶対にする。私にとってそれ以上のものは無いんだから。


 少し悲しい沈黙が出来てしまった。私は彼の膝から降りたいのに、彼は決してその力を緩めない。芽衣、そんな寂しそうな顔をしないで。手が少しずつ震えてくる。

 修也はそんな芽衣に向かって『おいでおいで』と手を振ると、芽衣も少しおどおどとしながらもそれに素直に従って近づく。そうすると修也は空いた片手で芽衣をぎゅーっと抱っこしてきた。

「俺ね、愛情表現がよく分からないんだ。そういうのを知らずに育ったから。だから度が過ぎちゃうかもしれない。ごめんね。」

 修也が首を傾げると芽衣は無言で首を横に振った。迷惑とかそういう問題じゃないんだ。

「芽衣ちゃんはいいね。素敵なパパとママがいる。今は別れてしまったけど、二人とも大事な人だろ?それはママやパパにとっても芽衣ちゃんがそういう存在なんだと思うよ。芽衣ちゃん、俺、芽衣ちゃんが入院しているときに約束したよね。絶対にママを幸せにするって。君のママにとっての幸せは君が幸せな事。君はママにとって唯一無二の存在なんだ。俺や君のパパにだって代わる事が出来ない。そんな君の居場所が無くなるような真似は俺はしない。」

 修也の真剣な瞳に釣られて、芽衣も真剣な瞳で返す。その言葉の一つ一つの一生懸命理解するように。

「詳しくは芽衣ちゃんがもうちょっと大きくなってから話すけど、俺にも一応両親と言う物がいた…はずなんだ。でも父親は誰だか分からないし、母親ともあまりしゃべったことがない。中学時代から俺が結構悪い奴になっちゃって、毎日喧嘩やってばっかりいて、高校生になったらその母親もいつの間にかいなくなっちゃった。そんな時に高校の先生が荒れまくった俺の事をすごく怒ったんだ。」

 私自身初めて聞いた事だった。ネグレクトにあったという彼の過去。

「修也パパ怒られたの?」
「うん。たくさん怒られた。俺、喧嘩に強いと思ってたのに、その先生には敵わなかった。後で聞いたら昔空手で全国制覇した事がある人だったんだよ。敵うわけないよなぁ(笑)。連れて行かれた道場でもうぼっこぼこにやられたの。自慢の顔が腫れて誰だか分からなくなる位(笑)。」

 そんな修也の言葉に吃驚した芽衣は彼の顔をゆっくりと撫でて「痛かった?もう怒られてない?」と心配すると、修也が苦笑いしながら「うん。すごく痛かったけどもう大丈夫。顔も戻ってるでしょ(笑)。」と続ける。

「でもね、そのおっかない先生は誰よりも優しかったんだ。誰も身寄りがいなくなって一人になってしまった俺を、その先生は学校とかの反対を押し切って引き取ってくれたんだよ。最初こそ反発していたけど、そこの家族が優しくってね。俺は初めて家族という物を知ったんだ。そんな俺だから知っている。血の繋がり以上の家族がいる事を。そんな家族の大切さを、ね。だから俺は芽衣ちゃんも俺の家族になって欲しいんだ。とってもかわいくて、優しくて、何よりも俺が大好きな七海の子だもん。手放したくないよ。だめかな?」

 修也はそこで言葉を一端区切って、芽衣の様子を見ていた。

 芽衣は暫くじっと見ている。あ、この顔はヤバい…。芽衣が泣き出す前の表情だ。少しずつ目の周りが赤くなり、そこには涙が溜まっていく。そしてにっこりと笑い、その相好を崩したかと思うと、そのまま肩を大きく揺らし、しゃくりを上げて泣き出した。

「俺は芽衣ちゃんの家族になりたい。七海と芽衣ちゃん、そして未来の弟達を大事にさせて?俺の事嫌い?」

 涙がそのまま横に飛ぶんじゃないかって言う位に首を横に振ると、芽衣は「しゅうやパパーっ。好きーーーーっ」と頭を修也の胸に押しつけて芽衣は号泣した。芽衣が号泣するなんて、最初に離婚を言いだした時くらいだ。それからはずっと我慢していたのかもしれない。芽衣を嬉しそうに眺める修也は、「ありがと♪」と呟き、よしよし、と目を細めながら何度も頭を撫でていた。そしてこちらを見て苦笑いする。

「全く本当に似ているよね、七海達は。一人で抱え込んで限界まで我慢して…。」

 そう言って、私の瞼にキスする。少し舐めるようなその仕草に、私は自分が泣いている事に気付いた。

「そういう所は似なくていいです。二人してしっかり俺に愛されなさい(笑)。」

 修也の言葉をきっかけに、私は修也の首に抱きついた。その肩に顔を埋め涙を堪えていたら、今度は芽衣が「ママずるいっ!」と言って、私と修也の間に無理矢理入って修也のが体に巻きついてきた。

「ちょ、ちょっと待ってッ!椅子が倒れるから、せめて和室に移動させてっ!それから愛させてっ!」
「えー、それ位耐えなさいよぉ。覚悟が足りないんじゃない?」
「そーだっ!頑張れ修也パパっ!」
「マジかよ…。」

 結局そのままイスが本当に倒れそうになるのを、なんとか堪えた修也が「いい加減にしろっ!」とあまり迫力のない怒り方をしながら、クスクスと笑いあう私達の手を取って布団の敷いてある和室に連れて行き、芽衣が寝付くまで転がったりしながらふざけ合った。
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